ポカリのスマップ。かわいいなぁ。この人たちは何でもかんでも「スマップ」の形にしてしまうとこがあるのに、可塑性も存分にあったりして、素材・表現者・媒介者・エトセトラエトセトラ、とにかく仕事をしている時の自己が何者であるかということに対する意識やコントロール・バランス感覚がすごくいいんだろうなって、合成ながらも五人並んでたスマップさんを久々に見て思ったりした。
「大日本人」を観てきました。
もー、めっちゃワロタ。他に客がいなかったら、声出せるのに、堪えるのに必死だったです!
しかし、面白かったかと言うと、ちょっと回答しあぐねます。笑ったのであれば、それは面白いという推測ができるはずなのだけど、何が面白かったかはよく分からない。そもそも、どういう映画なのかというのが表現できない。
でも、わたしは笑ったです。笑い転げたです。
二度目を観て、それで一度目と同じくらい笑えるかというと、多分笑えない気がするけれど、とにかく笑った。
映画って、笑い場所の設定を一切しないことが可能なジャンルなのですね。オチを作らないって意味じゃなくて、ここで笑ってー!みたいなサインというか、DVD でいうチャプターみたいな分かりやすいしるしは付けておかなくてもいいというか。
バラエティ番組だったらあるじゃないですか。笑わせたい場面で下に文字(セリフ)が出たり、スタッフの笑い声が入ったり。そういうことを映画は一切しないことが可能(テレビでも可能でしょうけど、映画よりシビアな気がします)なんだと。
こういう、バラエティ番組の演出に対する批判はそれなりになされてきたと思うのですが(松ちゃんもしてたような)、わたし自身は結構助けられてきたというか、笑いの場所の判別能力を鍛えてもらってきたように思います。
映画にはそのサインが無いということに気づくまでは、笑ってなかったです。でも気付いたら、笑いどころなんてどこでもいい、笑えると思えば笑えばいいんだということに気付き、きっと意図されてないとこでも笑ってしまってたでしょう。だって自分にはそこが面白かったんだもん。…あ、「面白い」って今ナチュラルに書いた。つまり「大日本人」、自分には面白かったってことなんだな。ただ、他の人とそのツボが同じかは分からないだけで。
内容もよく分からない。自分の理解を超えるものかもしれない。難しいことはよく分からないです。そういう人間でも「見た目」とか、もうホント分かりやすいところで笑って面白かったなぁって思ってる。
結構、そういうアグレッシブな態度で観て、正解だったかもしれません。「チケット代払うなら、笑わないと損だよ」って意味じゃないですよ。
結局うまく言えないんだけど、大日本人は観てよかったと思います。ハイ。とにかく笑った。