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2006年12月29日

前に書いて、出すタイミングを逸していた、映画「デスノート」後編の感想が出てきました。今日はそれを載せておきます。11 月中旬頃に書いたやつです。以下から、感想ですんで、ネタバレご注意下さい。

ラストネームは「金子修介」だったかー、という誰でも思いつくネタはおいといて、思ってたよりずっと面白かったよー。これはイマイチな前編を見せておいてのフリオチなのかと勘ぐりましたが、実質そうなのでしょう。前後編というよりは、第一話と最終話をやっているようなものだったし、前編が前編だった分、期待はほどんど寄せずに劇場に足を運んでいたわけだし。

個人的には、やっぱり漫画や小説のドラマ化作品は、その原作を読まない方が楽しめるみたいです(いや、本当はこれはパラドックスです)。特に漫画は、ビジュアルまでカッチリと頭の中に出来てしまうから、どうしても再現を求めてしまう。ストーリーより、原作との差異に気をとられてしまう。つまり、いらぬ目の厳しさが生まれてしまう。しかし、再現するからどうだって話ですよ。違いがあるから何だっていう。漫画をそのまま映像にしたところで面白くなるとは限らないし、何より漫画は漫画、映画は映画なのだから。

劇場で初めて観たときは、あまりの L の本物っぷりに、「動いてる!喋ってる!」と空前絶後の L 祭りがやってきてたのですが、こないだの TV 放送を観たら、なんかこれは違うなと。これは漫画に縛られてるなと。

極めて特異な容姿・性格で、しかもファンも出番も重要度も全て S 級の L はやはり、登場人物の中で一番難しいキャラクターです。その L を完全再現の方向で進めた分、オリジナルなストーリーとなった後編終盤では埋没度が激しいです。もちろんあの空間では、演技経験豊富な月とパパに挟まれ、脇には自分の心情を存分に表出する役どころのミサがいて、不利なことこの上ない場面であったことは確かなのですが、よい意味で暴走しだす三人とは対照的に、常にテンションも原作のキャラクターもおさえておかねばならない L は少々窮屈そうです。このままあのラストへいくのだから、ちょっと L はしんどいね。

しかし松山ケンイチさんは素晴らしかったなぁ。L という期待に応えてくれた。

漫画を読んでいる時は、途中で L が戦線離脱したため、思い入れが月に集中するようになってしまい(月と L がデスノート二大巨頭だったので…)、最後まで、月に完全に勝ってほしいとまでは思わないけれど、なんとかなってほしいと思いながら読んでいたし、実際決着がついた時は、これがあるべき世界だろうとは分かっていても悔しかったです。

しかし、映画は L を擁したままラストへ突入するので、必要以上に月に肩入れすることなく観れた気がします。映画の月を見てると、コイツはいかん!とか思っちゃうわけですよ。こんな肩入れできない月は、映画が初めてだ。でも、がんばれ月!がんばれ L!と思ってしまう。どちらかが勝って欲しいのでなく、どっちが勝つのか分からないというドキドキで観てる。

エキストラや何だのショボさはもう前編で分かりきったことであったけれど、改めて見るとやはりちょっぴりがっかりしてしまいました。

お金が掛かってない(というか、死神や L の基地の方にお金いっちゃってるんだろうな)のが一つの要因ではあるのですが、ちょっと隙が目立つ。長官室でのテレビの置き場所とか(妙に都合よく置いてある)、そういった端々への思慮がちょっと足らない。少し工夫すれば不自然さは大分和らぐのにと思います。

藤原さんはやはり凄い。漫画で別人となったノート不所持月と所持月を見事に演じ分けていた。最後も圧巻。このために藤原さんが配されたんだろうな。

ミサミサも凄く可愛くてよかったなぁ…!!彼女の本気が後編を動かしていたね。

あと、ジェラスが凄く可愛かった。

映画は、漫画でも何一つ曇りない正義だった総一郎が残るというのが印象的だった。原作は人を殺すとか殺さないとかの倫理観を一切合切排除して進んできたストーリーが、最後の最後にニアによって持ち出される。ニアが登場しない映画でその役を担ったのが、総一郎だったと。映画のこの選択、好きです。原作では戦線離脱してしまった総一郎がその志を貫き通せたのは、浮かばれたな~と思ったし、総一郎が残るということは、夜神家から月だけがいなくなるということであり、わたしはこれを描いたラストが好きだからです。

ありがとうございました。

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