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ザッキログ
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 だんだんと自分の心うちが顕在化し、当面の課題が出来ました。
 とにかく、局長の死を真正面からぶつかって受け入れる。これが課題。  お外のことを考えるのはその後。

 というか、それが課題だ!と思ってる今だからなのかもしれないけど、前に書いた「局長がいない新選組!は新選組!なのか」とか「スピリットの継承」といったお外のことは、ちょっとどうでもいい…というか、一旦停止でお願いしますというか、まず自分がそれを考えたり言えたりする心境にもっていけてないのが分かった。

 新選組!と局長は切り離して考えた方がいいような気がしてきた。
 例えば、「局長のいない世界なんて意味がない」って言葉があったとする。
 この言葉、の自分の正直な気持ちを表している。ホントに、本気で、局長のいない世界を思うだけでグッと心臓を掴まれたようになる。固いはずの涙腺がゆるむ。
 けれど、これに連動させて「局長のいない世界の続編には意味がない」といった論理に達せられると困る。むちゃくちゃ困る。
 だって新選組!好きだもん。
 自分、局長が好きだから新選組!が好きなんじゃないもん。
 もちろん局長に関しては、新選組!が好きだから局長も好きってレベルじゃないですが。
 ふたつを天秤ばかりにのっけて、どっちが重い?って問題じゃないんですよ。
 どちらが上位にあるか決めるものじゃなかったんですよ。
 わたしは新選組!と局長が好きなんですよ。

 もちろん、作品 - 登場人物という、主 - 従の関係はありますが、それは概念の話であって、これによって感情が制御されるわけではない。…というのが、やっと今分かったばかりです…。
 すでに自分の中での局長の存在は、作品という枠を越え、一人の人間として住まい、主張している。考えてくうち、自分の局長の死のかなしさというのは、「大好きな作品の、一番好きな登場人物の死」でなく、ただ単に「好きな人の死」であることがわかった。
 もしかしたら、「好きなミュージシャンが亡くなったファンの気持ち」の方に近いのかもしれない。だって崇拝(この言葉にまとわりついた悪しきイメージが怖いけれど、この言葉以外見つからない)してるから。
 続編へのネガティブな気持ちはこれに付随する。前に書いたとおり、局長のいない世界を目の当たりにするのが怖い。しかしこれは新選組!という作品に係るものでない。
 だから、「局長のいない世界としての続編」を観るのは怖いけれど、「新選組!という作品としての続編」はすっげー楽しみだし絶対観るし観るまで死ねない。
 気持ちが矛盾する要因は、このあたりにある気がする。

 とにかく「局長の死を真正面からぶつかって受け入れる」な。気持ちを逸らしてはイカン。なんせ半年しかない。
 いや、これは半年でどうこうなるものでなく、年単位で見るべき課題(経験上…)なのだけど、とにかく三谷さんおっしゃるところの「最高のプレゼント」をちゃんと受け取れるとこまでにはいっときたい。
 あ、気持ちを逸らさないのは、半年しかないからじゃなくて、新選組!という作品が好きだから。わたしは新選組!を思う存分楽しみたいから。逸らさないったって、具体的に何か方法が浮かんでるわけではないけど。

 はっきり言って自分は「局長さえよかったらあとはどーでもいいファン」に思われたくないですよ。そのようなことをもし言われたら、怒りというパワーで反論しますよ。それくらいは好きだから。
 今わたしは、「作品の中の登場人物」でない「一人の人間」として局長の死をかなしんでる。超内面で右往左往中。外のことは考えられない。考えたとしても、切実でない。だから、今現在の続編へのネガティブな気持ちも、極めて私的なことであって、外のことでない。
 とりあえずこれが今の結論です。毎日同じことを言ってるような気もしますが、書いてる人間の心境は結構動いているつもり。でもというか、だからというか、明日のことは分からない。まったく別のことを言うかもしれない。

 

 例によってまだ続編についていろいろぐるぐると思ったり考えたりしてるのですが、これによって自分の中で何かしらの進展があるということもなく、別段出口のようなものもなく…という感じ。
 しかしこれは今のところ、「続編について思ってる」というよりは、「新選組!という作品と自分との距離感やらそういった類のものを見つめなおしてる行為」のようです。ようです、って己のことじゃん。

 あとはもちろん、この「スッと喜べない気持ち」の根源をどうしても自分の中で探り出したくて。今のところ考えたら考えた時間分だけ、いろんな理由は出てくるんですが、いくら「正直に、別の感情や言葉で糊塗することなく書かないと駄目な気がして」っても、その出てきたものを正しいニュアンスで伝える自信はなく、もちろんその矛盾もしているバラバラの欠片をうまく一つに縒っていく時間もなく、どーしたもんかなぁと。自分のことなのに、起承転結難しい。
 あともうそろそろ落ち着くべきだと思うんですが、ちょっとまだ無理のようで。

 続編のことを考えてたら、ふと、「局長、死んだんだ」と思った。
 今までそんな、当たり前のことすら判ってなかったことに気づいた。
 最終回を迎えたということは、つまりそういうことのはずだったのだけど、なんと言うか、放送されて半年経つうちに、「居なくなった」とか「天国とか黄泉の国みたいなとこに行った」とかそういう、「この世での存在の消去」という捉え方しかできなくなってたような気がする。
 続編を考えるうち、最終回の後の物語を頭の中でなぞらえていくうち、ああ、局長は死んでしまったのだと、「居ない」でも「別の世界」でもない、「死」という言葉で俄かに知覚できてきて、涙腺固いとか言ってるクセにアホのようにボロボロと涙が出た。
 続編というのはつまり、局長の死を受け入れなければならんということでもあるのに、こないだやっと気づいた。

 わたしの言う「不安」というのはほとんど、製作者やファン間での雰囲気といった外部でなく、内部…つまり自分に向かっていることは分かっていたのだけど、これも一端にあったことに気づかされた。
 自分は怖い。局長が死んだという事実を提示されることが怖い。

 続編に納得や満足ができるか、というのではないのです。三谷さんが描くものが「新選組!」ですから、わたしがそれを新選組!として認めるとかどーとか、そういう問題ではない。
 三谷さんの描くものを「本物」と呼ぶなら、その本物に、局長のいない世界を提示され、想像でしかなかったビジュアルが現実のものとなるのが怖い。
 そうやって、「答え」を出されるのが怖い。

 しかし…日を追うごとに、文にまとまりがなくなっていくのはどうだ!
 そして 26 日と矛盾してないか!!

リアクションいただきました。
C級絵の具さんからいただきました。
組!続編についてのりゅかさんのコメントや、ほかの皆さんのコメント拝見しまして、嬉しいけれど…というお気持ち方もいらっしゃるという、当たり前のことを、気づかなかった自分に気づきました。(変な表現ですね 汗)
私は、続編が決まったと聞いたときは「やった〜」と小躍りしました。本編の組!は、これ以上ないというくらいの素晴らしいラストを私たちに見せてくれて、十分満足していたにも関わらず、です。
嬉しかった理由として大きいのは、「これで山本さんが演じる歳は先に行ってしまった香取かっちゃんのそばに行ける」と思ったからです。(土方さんが死ぬシーンがあるかどうか、わかりませんが…)『そんな悲しい顔しないで、すぐにいくから』と山本さんは最後の局長の顔を見て思ったそうですから、いかせてあげたかったというか。
これは、私が今や山本耕史さんのファンになってしまったからなのかな、とも思ったりしますが…。
あのメンバーだからこそ出来た「組!」とファンはもちろん、役者さん本人たちも、三谷さんも言っていたはずなのに、そのメンバーのほとんどが出演しないであろう続編は「組!」の続編なのか、と考えたら確かに返答に困る…。でも、三谷さんが「見ていた人には最高のプレゼントに、見てなかった人は後悔するようなものにしたい」とおっしゃっていたことと、「香取くんの意思を継いで…」と言った山本耕史さんに思いを「託す!」というのが私の今の気持ちです。
「組!」に対する思いが深ければ深いほど、「やらなきゃよかったのに」なんて思いは持ちたくないから、不安に思う気持ちも当たり前だということを、りゅかさん、はじめ皆さんの文章を拝見して改めて気づけてよかったです。
これから、新キャストなどの発表があるたびに一喜一憂したりするんだろうなあ、なんて思いつつ来年を待とうと思っとります。
 「やらない方がいいのに(やらなきゃよかったのに)」は、死んでも思いませんよ。作品の面白さに関しては、香取さんがもし出演されるならその体重以外、一切不安はありません。
 ただ、「見ない方がいいかも(見なきゃよかった)」とは思うかもしれません。局長が死んだことを受け入れねば進行しない世界の話ですから。自分には最初で最も高いハードルです。でも、観ないなんて選択肢は無いんです。新選組!だから。言ってること無茶苦茶かもしれませんが…。
 山本(耕)さんがあんなにも新選組!を熱く想うのは、副長がまだ全うしてないのも少なからずあるのではないかと、去年末頃は思っていました。あまりに熱くて、一度終わらないと、この方どうにかなってしまうんでないかと。
 なので、副長は何かの形で全うできたらいいな(でも生きててほしいな)と考えもしたのですが、山本(耕)さんの想いはそれどころでないと思えはじめて、それ以来はどうなればいいのか想像できずにいます。
 わたしに今起きている感情は、正負どちらも極めて私的で、利己的で、外に目がいってない状況のようです。
 だから、副長(および山本(耕)さん)やその他のことは殆ど客観的に考えられず、それゆえにいつまでもこのようにグダグダしているのだと思います。
 なんと申しますか、このネガティブな感情で、喜んでいる人を責めていることになるなら、本当に申し訳ないです。子供が感情にまかせてわぁわぁ泣いてるのと同じようなものなのに…。
 現段階ではちょっと、情報が足りないですね。変なこと考えちゃう隙が多くて。でも、三谷さんのおっしゃる「最高のプレゼント」がちゃんと受け取れる心境には、ちゃんとなっておかないとと思います。あと半年ありますが、意外に早いことは新選組!で教わりました…。

 

 また別の話で、いわゆる続編決定前に抱えていた続編拒否感に、「副長には生きていて欲しかった」というのがあります。
 副長が生きたまま終了したというのは、「わたしの中で新選組!は終わってない!つか終わらせない!」と思う、心のよすがだったから。
 続編があるにしろ無いにしろ、その余白があることに、終了の事実からうまく目を逸らす効用がありました。

 そう考えると、副長には随分世話になったんだよなぁ。山本(耕)さん含めて。終了による行き場の無い気持ちのほとんどを、副長が引き受けてくれたんだから(心の中でですよ!キモいけど)。
 副長に関しては、未だに全うするのがいいのか、しない方がいいか、よく分からない。いや続編で全うすること決まっちゃいましたけど。それが「全うするのがいい」という制作者の意向であると読み取ることもできますが、今の段階では何とも。観てみないとな。いや観たらもう元には帰れないんだけど。
 局長がいない続編でも、新たなステージが用意されているようです。

 なんか本当に、考えれば考えるほど、嬉しいとか楽しみといった気持ちはあるんだけど、いまいちその純度が高くない。あれだけ終わるのが淋しかったものが、帰ってくるっていうのにですよ。
 ここ数年、物語はスパッと終わって、その後もいろいろグダグダしない(安易に SP ドラマや Part 2 などを作らない、一度に全てを描き込む)というのが自分の好みではあります。でもここまで気持ちがスキッとしない、また思いつく巡回先を行ってみたら、全身使って大喜びしてるようなコメントしかなかったのには、ちょっと好い波逃してる感があり、内心慌ててる。
 よっぽど自分は、本編のラストが腑に落ちてたんだなと思った。
 あの風景、あの言葉、あの表情。
 多分悔しいんだ。本編のラストが本当のラストでなくなることに。

 でも「認めない」とか「嫌だ」とか「良いと思えない」とか、そういうことは言わないってーか、思ってませんから。
 やっぱまだ未知すぎて怖いんだなー。終わって、悲しんで、引きずって、やっと安定してきて、そこにきて得体が知れないものが投入されるもんだから。
 あと、根っから 100% 喜んでる人がこれを読んで、その気持ちを水差したようになってしまったら、申し訳ないなぁ…。
 あの本当、正の感情ではないけれど、作品そのものがどうこうって話じゃないですから…。自分で勝手に不安がったりしてるだけですから…(だから昨日みたいなことも思えば、今日みたいなことも思う)。
 だけどきっと「案ずるより生むが易し」だな…。制作者が続編を生むことが、じゃないよ。

 そういえば昨日のいいともに、山本(耕)さん出てたんスね。
 あー完全ノーチェック。あってよかった森田一義アワー 笑っていいとも!資料室(増刊号のカットが少しでありますように…)。

リアクションいただきました。
ひとみさんからいただきました。
続編、私も同じことを考えていました。局長がいない新選組!って・・・と。大好きな新選組!への気持ちが変わってしまうのではと。ですが、きっと私なんかよりもずっと局長のことを思ってくれているだろう山本さんや三谷さんなら、楽しむことが出来るのではないかとと思うようになりました。新聞の記事によれば「香取君の意思を継いで・・」と山本さんは言っていたようですね。まだまだ先の話なので、またいろいろ考えてしまうかもしれませんが、とにかく楽しみに待ちたいと思います。
 山本(耕)さん、そんなことおっしゃってたのですか!ああ、何を苦しく思う必要があるのだろう、と感じました。それでもやはり、わたしもひとみさんと同じく、またいろいろと考えてしまいそうですが…。来年の一月には、「こんなことオバカに思ってたよね」と笑えることでしょう。その感情の動きもまた、自分の中での「新選組!」に大切な一項になればと思います。
じゅんこさんからいただきました。
私もまさか本当に続編が実現するとは思っていませんでした。だってあの終わり方は局長目線からしたら、最高な終わり方だったので。。。。同じく多少複雑な思いでこのニュースを感じました。
しかし、山本耕史さんの尋常じゃない「香取慎吾好き」香取慎吾の事をスマップメンバー以外の芸能人でここまで守ってくれた人がいただろうかと思うと、その想いは三谷さんも充分感じ取って土方越しの近藤勇をいい形で脚本にしてくれると期待しています。山本さんも「ぶっちゃけ香取君なしでは新選組!じゃねぇぜ」とか言いそうなので。
おっしゃるとおり、来年まで新選組!の事をひきずれることが何より嬉しい!!なんせ「新選組!」の最終回が終わった時の寂寥感ったら、たまらなかったですから。。。。
 たまらなかったですね。でも続編が終わって DVD が出たら、それこそ本当に終わってしまうんですね。それも淋しい…。
 本編の最後を思えば、続編があれを真っ向からないがしろにするようなものになるとは思えないのですが、それだって半年前の現在では想像の域は超えない、まったく未定・未知の話とも言えて。…そこが、やっぱ不安になってしまうのでしょうね。
ココさんからいただきました。
今回の記事の、組!続編について、私も全くの同意見です。
私は実は、組!を見て局長に恋して、香取慎吾さん及びSMAPさんに興味を持った次第で、こちらのサイトさんにもその経由でネットサーフの後たどりついたのです。新選組!は局長の斬首で、愛しき友よ、で完結しているのでは…というのが私の正直な思いでした。でも、ネットの組!コミュニティの土方びいきはすざましいので(笑)、中々声を上げる事は出来なかったのですが。今回、りゅかさんの記事で少しだけ溜飲さげることが出来ました。
局長大好き!ていう人が、もっとネット上に出ればよいのに…と常々思います。いないはずはないですよね?何かもう、私は、特に局長に興味はないくせに、土方や沖田や山南しか見てないくせに、局長にばかり文句を言う幾人かの輩に辟易しています。めそ。組!の続編には、私も複雑な思いです。少なくとも、新選組!というタイトルを私は使ってほしくはないです。土方歳三、というタイトルなりにしてほしい。
私にも局長が必要です!
 うわー!新選組!から興味を持った方に見つけていただけるなんて。すごく嬉しいです。まさに局長が繋げてくれた出会いですね。
 正直申しまして、ココさんが見たり感じられたことを自分が感じたことがない…ことはありません。人の感じ方はそれぞれと頭で分かっていても、「もっとちゃんと観てよ!」と思ってしまう発言を目にしたこともあります。
 でもそれも、自分自身の限界ある行動範囲の中の出来事なだけかもしれません。わたしの知らないところで、これとまったく逆の現象が起こっていないとも限らないわけで、やはりこのあたりは「典型的なファン心理」・「お互い様」と感じます。ココさんのその辟易した気持ち、本当にとてもよく分かります。でも、わたし自身もどこかで誰かを辟易させてるかもしれない。
 わたしは、本当に根っから 100% 喜びたかったんですよ。意外にそうなれなかったのに吃驚したぐらいで。もちろん喜びだけの気持ちで文を埋め尽くそうと思えばできますし(だって嬉しいことも嘘ではなく真実ですから)、喜んでいる人の足をひっぱるつもりがなくてもそうなってしまったら申し訳ないし、まっすぐ喜べない自分が小さいし不甲斐ないし。
 今、意外と気が動転してるのかもしれません。でもこれを正直に、別の感情や言葉で糊塗することなく書かないと駄目な気がして。
 そういえば、今発表されている仮題には「!」が付いてないですね。単に伝達不足で忘れられてるだけかもしれないけど、こだわりで付けられた「!」が無いというのは、やはり「!」には大河ドラマ、全 49 話としての何がしかのこだわりがあったということなのかもしれません。わたしはそれをすぐ局長に繋げてしまうのだけど、制作者の方々としてはどうなのかな、とは思っています。

 

 またまたC級絵の具さん、ありがとうございます。
 教えていただきました。新選組!の続編が決定したって!!

 うーん、びっくりだー。
 続編の噂は以前からうっすら流れていて、実現はするだろうと思ってましたが、その X-Day が今日になったことには驚きです。

 常々申しておりますが、わたしは局長が好きです。脚本、演出、音楽その他すべてが最高で、そしてなにより局長がそこにいたから、新選組!を自分なりに一生懸命観た。
 それに新選組!は、局長が主人公で、だから局長の生きた道が「新選組!」だと思ってる。認識・解釈が若干ずれてるけど、三谷さん本人も「近藤が主人公」で「新選組!は近藤の死までを描く」といった発言を目にしたことがある。
 実際は、近藤主役であると同時に土方は裏主役、二人は表裏一体と言えるものだったかもしれないけれど、とりあえず自分の中では近藤一人を主人公として認識してきた。

 例えるなら、新選組!は、局長を「北極星」にした夜空みたいなものだった。わたしはずっとずっと、北に向いて、その星と周りを巡る星たちを見つめてきた。
 その北極星はもうすでに無くなってしまっていて、また北の上空を眺めることができても、わたしにその夜空は意味があるのか。続編の噂を耳にするようになってからずっと自問してきた。
 三谷さんがそれを「新選組!」だと言えば「新選組!」なのだけど、わたしがそれを心から受け入れられるかどうか。
 怖い。すげー怖いよ。不安だよ。泣きたいよ。つか本当、バカみたいに泣いちゃったよ。「受け入れられなかったらどうしよう」って。それは辛い。好きだからこそ辛い。苦しい。クオリティに対する不安じゃないよ。「わたし」の中の「新選組!」に「続編」の項が書き込めなかったらって不安だよ。

 どーでもいいわな。一視聴者の心うちなんか。どうせわたしも後になって「アホちゃうかこん時のわたし」と思うだろう。
 しかしそういった内輪話とはまた別で、続編で土方が主人公つったら、大体舞台は五稜郭近辺になりますよね?いつかにやってた「その時歴史は動いた」ぐらいのイメージを持ってんですが。
 そうなると、局長はもちろんですが、沖田、永倉、佐之助もいない。斎藤はどうなるかな。島田は出ますね。あ、あと草ナギさんが出る。
 なんつーか、もうそれって、「新選組!」ではないのでは?という気もする(スピンオフではないけど「踊る大捜査線」に対する「交渉人 真下正義」みたいな…)。土方の周りにいる人たちが違う。
 それはもう、あの時熱中した「新選組!」、いや新撰組の話だけど、少なくとも「!」ではないように思う。当然の話ですが。
 でも土方に最後まで着いていった新撰組の隊士(6 人だったかな…)はどなたが演るんだろうなぁ。すっげ楽しみ!!(マジで)

 …とか思いつつ、やっぱりグダグダもするんですが、今の自分はそういった折合のつけ方をしてます。つまり続編は「新選組!」であるし、自分もそうだと思うけれど、心の奥底では少なくとも「新選組!」の「!」ではないと。自分には局長が必要だと。あがいてる。あがいてるね!
 でも、こうやって書きながらでも気持ちは整理されたり変わってくるもので、実は今こう書きながら、すでにそのあたりは結構どうでもよくなってきてたり…。

 思い出したり想像したのですよ。函館での土方の気持ちや言葉、山本(耕)さんの言葉を。そして三谷さんのことも。
 最後に、局長に思いを馳せないことは絶対ありえないと。きっと、土方の中に局長がいるだろうと。それこそ「新選組!」の続編たる証、「スピリットの継承」なんではないかと。
 それは単なる「同出演者の再登場」以上に意味と価値があると思うのです。そして「新選組!」を創った人たちは、ちゃんとそれを重んじる方であると、わたしは知っている。
 局長ヲタだから、すぐ局長に繋げるイタい思想かもしれないけれど、これは何も局長に拘ったことじゃない。「新選組!」のスピリットは局長以外にもあると思う(でも自分は局長だと思うのね)。
 いや、実際何がどうなるか分からないけれど、局長関連の尺がほんの 0 コンマ 2・3 秒くらいだとしても(サブリミナル効果か)、いや、局長の姿や言葉が出なくても、スピリットさえ感じることができたら、「局長好きな自分」としては、本当に、これ以上はない幸せです。
 今から想像して泣けてきた。でも今度は違う涙だぜ。

 楽しみです。新選組!の続編が。
 そして来年の一月まで思いを馳せられて、幸せだ。

 結局、折合つけてることには変わりないんだけどね。それがネガティヴか、製作者の意向(想像)にのっかって気持ちよくなってるかの違いなだけで。
 今は「局長出なくてもいい、何なら出るな」くらいまで思えるけど、やっぱり「局長がいない新選組!って…」と思っていたことは事実なので。

 

 藤井隆さんをゲット(ゲット言うな)したのは乙葉さんだった。よかった。本当によかった。何が「よかった」なんだ、我ながら失敬だなと思いながらも、よかったと思う。
 いい人に出逢ってほしいなぁなんて思ってたからなぁ。間違いなく、藤井さんは「良縁に恵まれてほしい芸能人」ナンバーワンだったので(わたしの中で)。つか乙葉さんのことは、いいともで見る部分ぐらいでしか知らん。でもよく考えたらその人が「この人だ」と思ったら、良縁なのだ。そんで、藤井さんのことだから、「恵まれて」なんて心配する必要もないわけだ。

 あぁー、陽平さん(まんてん)も好きだったぁー。ホントにおめでたいなぁ。

 同時期に獅童さんも結婚前提戦士になって(呼ばれてないのにトップニュースになるのが捨助でございますよ!)タイミングというものを考えさせられて、いいとものクラッカーの雨に「本当によかったなぁ…」って泣きそうになり、そこにいた中居さんをふと見たとき、スマプの人も、ゴスペの人も、いろんなここぞというタイミングを逸してきたのだろうなぁ…と思った。
 それでも、「しない」という選択肢を選んで、ここまできた。それは想像だけど、スマプもゴスペも未婚者は 4 人づつ。この中の誰もが「この人だ」と思わずにきたなんてことは、まずありえないと思う(中居さんもこのテの発言をしていた記憶もあるし)。

 したけりゃすりゃいいのになぁ、って人の幸せを分けてもらってる今は簡単に思うけど、そうもいかない様々な事情ってのもあるんだろう。自分も、いざされたらひどく動揺しそうだし(いやもう最近、自分が乙女系ヲタであることを否定・矯正するのもしんどくなってきたしさぁ…)。

 わたしはデキ婚に否定感はないつもりで(だってこの少子化の最中…)、なおかつ歌舞伎の人も好きなのだけど、どんな歌舞伎役者さんでも女性関係では許せないというか信用できない面があって、それはもう偏見に近いものですらあることが、獅童さんも例に漏れなかったことで分かった。これからどうなるかわかんないのにさ。
 何が言いたいのか分からなくなってきた。
 終わりよければすべてよし。皆幸せだったらそれでいいや…(思考停止)。

 とりあえず、藤井さんと乙葉さんの並んでる画がはてしなく可愛かった。この感触、何かに似てると思ったら、三谷さんと小林聡美さんの会見を思い出した(憧れ)。
 年に一回くらい、どこかしらの雑誌やワイドショーで出る「理想の夫婦ランキング」みたいなのに、いつも三谷さんと小林聡美さんがランクインされてないのが不満で(あと永瀬正敏さんとキョンキョンが入ってないのも不満だったけど、不満を感じるどころでなくなった)今年もそうなると思ってたけど、不満物件がひとつ増えそう。
 藤井隆さんには思うのに、不思議とスマプやゴスペには「良縁に恵まれてほしい」と思う人がいない。この感情って「こんな人と結婚してぇー」の歪曲形という、恥ずかしいにもほどがある気持ちなんだけど、つまりスマプやゴスペの人に対してそう思ってないってことなんだろうな。
 いやごめん、一人だけいた。しかも本当に失敬だと怒りそうな人が…。

 

 C級絵の具さん、カツケンさまのこと、教えてくださってありがとうございました。久々の局長と副長、ちゃんとスマスマが録れるかレコーダーの予約を何度も確認してしまいました。

 このコーナー、自分にとっては「意外と早く果たされた視聴者の目に見える形での再会(しかも「カッ」ちゃんと!)」。コーナー本来の主旨など、わたしにとっちゃ神崎次郎(再会)を前にしたらっきょうちゃんです。小さくささやかではあるがそこはかとない存在感で、無くてはならない大事なものっていうか…(意外によく言えてるじゃないか)。
 山本(耕)さんはいつもの笑顔で。ああ、この人の笑顔はホントに「破顔」って言葉がしっくりくるなァ。ギャップ。女子メロメロ。つか自分がメロメロ。
 あれだけカツケンさまと共演してきたくせに、それでも「マツケン〜」と歌っちゃってるしまおうには誰も敵わないと思った。

 画面全体茶色いぜビストロ。これから夏だってのに重厚で、涼やかの「す」どころか「s」まで遮らんばかりです。だけど、だんだんお金がかかって豪奢になっていった初期のセット成り上がり変遷を思い起こさせるようで、好きだと思ってたり。きっとその当時より遥かにお金がかかってることと思いますが。どんどんすごくなってく!と思ってたのに、今見るとチャチく見えたりするもんなぁ。
 そういえば、セットが変わったらそこらの小道具や空間も変わってくわけで、おいしいリアクションもまた新しいパターンが出てきそう。メゾネット・左右階段・一階中央素材置き場ってあたりはずっと変わってないんですが、一度蒲田行進曲みたいな階段を真ん中にバーンと置いたセットが見てみたい(笑)。そのときはいっそ和風で。それじゃ「ビストロ」じゃなくなるか。
 ああしかし、嘘でも一日だけファンサイトを立ち上げた綾小路さん(こう書くと誰なんだか。木更津のあちらさんを翔さんと書いたら、セピアのあちらさんと混じりそうだし…)が新セット第一号ゲストとは。なんか巡り合わせみたいなものをムリクリ感じます。感じることにしています。
 中居さんが「きみまろさん」と言う度に、その口の開かなさ加減で「は?木村さんが何?」と思った自分は、志村けんの「じーさんやー・ばーさんやー」なコントをバカにできない。
 通風の話は青い人でなく、ぜひその隣の緑い人と。

 自分の原体験はほとんど 80 年代に詰まってますから、「時代は 80's だ!」とあと最低 5 年くらいは思ってるような気がするので、今更 70's とか言われても「おっせ!」としか思えなかったわけですが、邦楽においては 80's より 70's が時代かもしれない。80's はまだ「古き良き」でない。ちとナマっぽい。
 木村さんがコーラス入れてたけど、声からしたら、香取さんのコーラスで聴いてみたかった気がする。
 エンディングテロップ、どうにかならないかなぁ。トークの間に全部流して、歌の最後に制作・著作だけ出るようにすればいいのに。そういうのやっちゃダメとかあるんかな。

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    ザッキログ200505

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今回送っていただいた内容を、後日にサイトで取り上げさせていただくことがあっても、よろしいでしょうか?(必須回答)
よい。ハンドルネームも載せて構わない。
よいが、匿名を希望。
嫌だ。