「そうだ!スマップってこんなんだった!」って気がした。昨日のスマスマ。
と言っても、わたしは昔のスマプを知ってるわけじゃなく、見ていた分もほとんど記憶に残ってない。
それでもなぜだか懐かしくて、楽しくて、愛しい放送となった。わたしはなぜこれを 3 倍で録画した(てゆか録画できただけマシだと思え)。
好きな放送ほど、肩に力が入って書けなくて、自分のボンクラぶりを痛感するハメになる。楽しいことがあった日は、いつもそうだ。
さんまさんほど、夢とロマンと嘘と現実と本音を継ぎ目なく喋れる人はそうそういないと思う。面白いとか面白くないじゃない。さんまさんはさんまさんが面白い。
96 年の夢列島はファンでなかったし、ビデオに撮ってもないのだけれど、なんだか笑って見ていた記憶がある。その頃の記憶が、きっと今の思考を妨害してるんだ。…とでも思わなきゃ、最近やってられない。
本当に、昔のスマプ(特にスマスマが始まったばかりの頃)って面白かったんかな。
掌握した気になるときがある。でもちっともしてない。慌てる。結局これの繰り返し。
木村さんに抱く好きという感情は、時々中学生の時のそれみたいになるから始末が悪い。もう本気で歳を考えろ。
草ナギさんはもう生きた仏になったのだなぁ。いや観音か。
一問一答の時、「ザ☆ピ〜ス!」を思い出した。「愛しい人が正直で、全てを受け止めようと感じた」といったような歌詞があるのだけど、もうまんま、言葉のまんま、草ナギさんだ。当時のわたしはこの歌詞が凄まじく感じられて、つんく♂という存在に不気味さすら覚えた。時を経て、草ナギさんがその言葉の欠片を示した。そして二人は奇しくもプロデューサー・アーティストの関係を一度持っており、両者へのわたしの興味は尚も尽きることがない。てゆか、なんだこいつら。
だんだん中居さんの歌が上手くなっている、ように感じる。
しかしその分、面白さは反比例しているのだろうか。
本当に香取慎吾が縮んだ(後にまた膨らんだ)。
木村さんはボケだ。素でボケだ。存在そのものがボケだ。だからボケようとしなくていいし、わざわざツッコまなくてもいい(しかし木村さんの存在にツッコめるメンバーがいないのだ)。
というか、木村さんのツッコミって、「構って」ではないのか。
前回の予告はなんだったんだ。
今週は後悔したけれど、来週は 3 倍で録っても後悔しないような気がする。
スマスマは 30 年くらい続けるべきだと思った。
その頃は歌ももうちょっと聴けるようになるといいなと思った。
リャークション(咄嗟の英会話)
ゴンタさんからいただきました。
いやいや〜。こないだのスマスマSPご覧になれてよかったです〜。もうりゅかさんの感想が聞きたくて・・・。案の定、笑わかしてもらいました。いいな〜〜、りゅかさんの視点て。気付かないもん、着物の着付けなんて。普通(?)確かにつよポン痩せすぎですよね〜。眉も染めてるから、さらに貧相・・・。でも最近はそのつよポンも私の中ではアリになってきました。あのギリギリの細さゆえ、彫刻刀で彫ったような目の美しさが際立つといか・・・。昨日の「花」の無気力な歌い方、アンニュイでもうゾクゾク来るほど色っぽかったです。昨日のスマスマもう見ました?ネタバレになるといけませんので、まだ書きたい事があるんですが、後ほど。とにかく先日のりゅかさんのananの感想そのまま、やられちまいました〜〜!
ちなみに、わたくしスマのなかでは慎吾一押し(デブ慎吾気に入っていただき、ありがとうございます。ananの人気急落にちょっとヘコむ)群れスマ好き、他メン落としは嫌い、ホモスキー、特に他メンでも萌え話大好きのバカ女です。そこを踏まえて読んでいただけると、しょうも無い文章にも目をつぶっていただけるかと・・・。
PS.木村さんのインタビューの「お」。私なりに推理すると拓ちゃんお得意のたとえ話のくだりかしらん?
ひ、貧相でしょうか。たしかに幸が薄そうな瞬間はあるんですが、みすぼらしいと思ったことはないです。わたしも今の草ナギさんはアリです。全然アリです!できればそのままでいてほしい。しかしそれは無茶なので、元に戻る(身体だけでなく心も)その時まで、目一杯今を楽しもうと思っています。(それは木村さんの短髪にも言える)でも昔の草ナギくんも、それはそれでいいんだよなぁー…。
an・an の木村さんの記事は、「他人が作ったものを吸収したがっている」記述を確認することができたので、「お」と思ったんです。わたしはGOOD LUCK!! のいつもな演技を嫌っていなかったし、それでいいと思っていた。最後までその思いは変わることはなかったのだけど、間違いなくそこに居たのは木村拓哉でなく新海元だったなとも思えるんです。いつもな演技(に見える)なのに、自分とは違う一人の人間を作っていた。それが「彼の上手さ」だとは、よく言われてきたことだけど、やっとこの作品で実感して、彼を「上手い」と形容する気になれたんですよ。(まだちょっと怖いけど)
そりゃ確かに、見えるのはいつもな演技です。そういう意味では完全に他の人に化けている草ナギさんは上手い。ポテンシャルも相当あると思う。ただまだ「上手い」とは言えないんです。だって草ナギさんはこれからも絶対伸びていくから。そんな人を現時点の段階を「上手い」とは言えない。もっともっと上手くなった時の彼が、未来にいる。しかし木村さんは、ある種の完成形をもう作ってしまってると思うのです。これ以上の伸びようがないと言いたいのではない。フォーマットが出来上がっていると、言いたいのです。
「他人が作ったものを欲する」ということは、潜在的にでも自分の中には何かが足りないと思っているということ。例えそれが、フォーマットに沿った新しい人物作成のためでも、フォーマットくずしのためでも、次に見る「俳優・木村拓哉」は、確実に新鮮なものなんです。あの一言は、それを確約した…と言い切ったらやりすぎかもしれない(だって実際に吸収できるとは限らないし)けれど、なんとも楽しみではありませんか!
あと、ファッションセンスが特別良くもないことを知ってることも、ちょっと「お(嬉)」と思ったり(ああなんてエラソーなんだ…)。