あれからどれくらい経っただろう。
思いは時を巡り、あの頃へと回帰する。
今となっては懐かしさすら覚える、そんな過去の記憶。
それが。
薄暗いカーテンの中、彼はそこにいた。
「あんた、オカしいよ」
その口元と頬には殴られた跡。彼の気丈なまでの言葉と頑なな瞳が、それらを産み出したことは想像には難くなかった。
男はそんな彼をねめつける。しかし奴を見れば見るほど、また痛めつければ痛めつけるほど、己の気に収まりがつかなくなるのは何故だろう。気に食わない。こういう奴だけは、どうしても。最初はその無駄な抵抗に可愛さすら覚えていた。小さく綺麗な蝶を、羽からバリバリとむしり食う…あの快感に似ている。しかしそれも…、もはや苛立ちでしかない。
おもむろに拷問用の鈍器が飛び出す。その瞬間に彼を、優越感をたたえていたそのクチビルを、男はおかしな方向へ歪める。拷問具は輝く。それを握る白い手袋が、彼を目掛けて宙を往復する。何度も何度も。とても嫌な音と、彼の小さな呻きと共に。
「ちゃっちゃと吐きなさいよ!
他の奴らは……、どこにいるんでぃコラァ!」
どんなにいい服を身につけようが、どんなに紳士に振る舞おうが、育ちの悪さを隠蔽するのはいかなる人間でも難しい。怒りが沸点に達しているなら、それは尚更のこと。所詮、自身が今飲み込まれている怒りの正体すら解っていないこんな男には、彼をこの廃虚と化したビルに運んできた、鈍く泥臭い頭の弱い連中の大将が関の山なのだ。
殴打はなおも繰り返された。程度の知らなさも男を語るにはいい材料だが、それを出来るほどの余裕はもう彼の中に残ってはいない。
白みかけた意識の中、彼は呟く。
「堕ちていく・・・流れ星が…堕ちていく」
見据えた先には何がある?
微笑む先には何がある?
あの頃。
キムラは待っていた。
明るみともる一室。それはキムラの部屋。お世辞にも安定しているとは言えない、この辺りの治安。それを露と知らぬ顔で、天の恩を抱いた空気は、主を優しく包み込んでいた。
ソファに沈み込んだキムラは、ゆらゆらと紫煙を遊ばせている。その身体に悪い揺らめきを見つめながら、思い出していた。あの頃を。
あの頃。キムラはあまりその頃のことを思い出せない。ただ覚えているのは、仲間には自分の中に存在していた『余裕』だとか『楽しむ気持ち』だとかが理解できなかったのだということ。
そう、自分はこれが普通だと思っていた。仲間には普通だと思えなかった。ただ、それだけのこと。けれどあの頃からそれに気付いていたワケじゃない。気付いていないことを思い出した今、何となく…そうであったような気がしたのだ。
キムラは煙を吸い込む。それはもう過ぎたことであったし、何も変わらないのを知っている。
そう何も。他人も。きっと自分も。
癖のあるノック。待ちわびていた客。トレーダー。
キムラはまた武器を注文した。銃を少しとナイフ。
思えば銃に対するマニア癖めいた感情を有していたのも、自分だけだったような気がする。他の奴らにとっては…、きっと単なる人を殺すエモノでしかなかった。だから、今も銃を『楽しんで』触っているのは自分だけだと思っている。
思うモノはほとんど揃っていた。ただ、ナイフだけが見当たらない。
「ランドールM12…」
「ああ、それは…」
言いかけたトレーダーに、キムラは目を向ける。しかしトレーダーは、その視線から逃れるように陽光へと目を移した。
「どうした?」
トレーダーはゆっくりと落胆の表情をにじませる。
「ないのか」
その表情を見とって呟くキムラ。しかしトレーダーは、その言葉を待っていたかのように、ニヤリと笑った。即座に黄色いメガネの奥が光り、バッグの中を黒い腕があさる。
「『オトクイサマ』のタクヤにはイイモンをやるよ。…ランドールよりも」
静かにあるモノを引き出した。そして
「アラモ・ボーイ」
そう一言。
「お前と同じ、アジアンの魂が込められてる」
聞きながら、おもむろにタクヤは受け取ったナイフの鞘を抜き、こなれた手で扱ってみせた。そのあまりの軽やかさにトレーダーは思わず、タクヤと目を合わせて笑う。
「何これ」
具合が良すぎて、逆に不審に感じるくらいのナイフ。
「やるよ」
思ってもみないセリフまで飛び出した。
「何」
「それ持って釣りにでも行きな」
「シャレ?」
「近い」
トレーダーは笑いながらバッグの口を閉じる。
電話が鳴ったのは、その時の事だ。
クロゼットから呼び戻すあの服。
銃をおさめ、纏った瞬間、身体に電流が走る。
見えた。
あの頃。
シャンパンの甘い痛みがシンゴの身体を凌駕する。
淡いピンクの視界がこの世の全てだと思えてくる、そんな瞬間。
嬌声・吐息・誘惑の匂いに、あの頃のフラッシュバック。
シンゴは、自分が変わってしまったのを知っている。
それはけして否定的なニュアンスでなく。けれど成長なのか後退なのかが解らない。だから『変わった』のだと認識せざるおえない。
嘘をつかなくなった。
あの頃より。
けれどあの頃のシンゴを『嘘吐き』するなら、他の奴らはみな悪党である。それくらい、彼は嘘をつかない。いつでも正直でいた。嘘がとても下手だった。
しかしシンゴは嘘をついていた。
自分を騙す、自分の中で一番大きくて、ただ一つの嘘。
生きる価値を求めるための自分を偽る行為。
それは彼の処世術だった。
素直に生きると傷ついてしまう。けれど自分を偽ることも己を傷つけている。不器用な自分は、どちらを選ぶかしかできなかった。
若かったのだろう。
けれど後悔はしない。
痛んだ身体を包み込んでくれる人がいた。
ジェイとエン。この二人の女たちと自分は奇妙なくらい似ていた。
そしていつしか三人は離れられなくなる。互いの傷を舐めあっていて。肉欲への変貌…については否定しない。けれどジェイとエンは互いを愛し合っていた。付け入ることの出来ない二人の隙間に、シンゴは冷たく拒絶される。しかしシンゴの中に無いモノはいつしか発展していた友情というものによって、埋められていった。
あの頃より少し未来。バードマンは別れて、それぞれの行く先を求めることとなる。誰が別離を口にしたワケではない。自分達がいつまでも共に過ごしていくことはないのは、どういうわけか暗黙の了解となって全員の意識の下に流れていたのだ。シンゴはそれを最後まで歓迎できなかった。しかし時は訪れるためにあって。
そして独りになったシンゴが初めて出会ったのが、ジェイとエンだった。
ジェイとエンのお陰で、嘘をつかない生き方を覚えた。いや、三人で模索しあった。ようやくその後、自分で自分を縛っていたとはいえ、解放された喜びをシンゴは味わうことになる。
シンゴの部屋は、三人の秘密基地であり、遊び場。
絵に楽しさを覚えたシンゴは、子どものように壁に筆を走らせる。
そして壁の四方、すべてのキャンバスを完成させたから、とシンゴは披露のためにジェイとエンを呼んだ。二人はシャンパンを抱えてやって来た。完成の祝いにと。
嬉しくなって、服を脱いだ。二人もそれぞれのボタンに手を掛ける。
シャンパンの雨。
ムッとしたアルコールの匂いが立ち込める部屋。
じっとりとしたシーツにベッド。
二人の嬌声。荒げる息。
後先も考えなくなった自分が、好きになってくる。
その自分の、嘘をつかない行動が、彼を助けに行くこと。
嘘をついていたが、嘘ではなかった。
ケータイから話を聞いて、改めて感じる。
あの頃。
きっと一番、太陽の元で生きたいと思ったのは、ツヨシだろう。
逃げたかったのではない。彼がそれに一番興味があった事で、実践してみたかったものなのだ。けれどいつからそう思っていたのかは、忘れた。もう長い間思い描いていて、呪文のように心の中で唱えつづけた結果、すでにきっかけなど必要としない身体となっていた。それくらい、バードマンとしての生活は、長かった。
やりたい職にありつけたのは、とてもラッキーだったと思う。クラブは開店前。ツヨシはモップをパートナーに見立て、自分とは全く無縁の、品位で振る舞うダンスを真似てみる。
床はパートナーによって磨かれ、気分がいい。聞こえてくる音は、やけにうるさいエフェクトのかかったドラムが占領して、とてもソシアルとは似つかわしくないが。
「元気?」
声を掛けてくる黒い男。ヴォーカリストが音合わせに来ていた。ニヤリと微笑む顔には、さらに黒い影がシワをかたどる。なんていい顔をするんだろうね、この人は。しかも声までいい。思いながらツヨシは明るい返事をする。フランクな中の尊敬の意が微妙なスパイスとなる。
今日は何?やけにご機嫌じゃん。今度はそれを表情だけで示してきた。まるで目が合った途端に、人の心を掴んでいるのかと錯覚させる仕種。ツヨシも同じように返してみる。
「ん?別に」
けれど、思わず声に出してしまう。うっかりと口を押さえたが、吹き出た笑いは止まらない。ついには大声を出して笑い合ってしまった。
不意に力強い音。それは眼帯のボスが、磨いていたバカラグラスをカウンターに置いている音だった。無口なボスの主張。仕事、と。ツヨシはそそくさと仕事に戻る。ヴォーカルも肩をすくめながらマイクの元へと向かった。それとほぼ同じくしてダンサーが現れる。
女はきわどい格好をしていたが、それがもう日常茶飯事となってしまったツヨシにとっては、特別な感情が湧くわけでもなく。ただ綺麗な人を揃えているな、とは毎回思っていた。
でもこの審美眼はボスのものなんだろう。なぜなら、どんなに女が入れ替わっても『綺麗』の系統は昔から変わらなくて、それは前にちらと盗み見てしまった、ボスの小さな写真の切れっ端に写っていた女性に似ていて。
ああ、この人も何かを思い描きながら生きている人なんだ、ツヨシは嬉しさを帯びた気持ちを抱いていた。きっと、自分と同じものを持っている人だ、とも。なら自分は何を思い描いているだろう?
別にバードマンがイヤだったわけじゃない。
ただ、人間らしい生活を歩んでみたかった。本当は働く必要なんて全くなかったけれど、雇われて、働いて、金を貰って、その金で飯を食らう。そんな普通を体感したかった。普通なんて、在りもしないちっぽけな妄想だけど、それを憧れるには十分すぎるほどバードマンは普通ではなかった。そうツヨシは思う。
けれど、仲間が好きだった。一人一人、粒も揃いに揃ったあの強烈なメンバーが大好きだった。自分の憧れているものと同じくらいの牽引力で、奴らに惹かれていた。だからバードマンである道を選んだし、それが苦ではなかった。
これを幸福と言わずして、何なのだろう。
満たされない事もあった。けれど満たされない事のどこが不幸だろう。そして満たされる事の幸福は絶対だろうか。
ツヨシはそうしてずっと問いを繰り返してきた。
そしてなにかもう少し奥に、自分が知らないうちに描いていたビジョンがあるような気がしてならない。それは自分の中の扉なのにひどく堅固で、押しても引いても開かれた事がない。しかしツヨシは知っている。この扉はきっと『鍵』が必要なのだと。
「ツヨシ!」
無国籍な曲調で流れる機嫌のいい歌声は、ツヨシの身体を自然に動かしている。その時ふと我に返ると、受話器が自分を待っていた。
滅多に開かれることのない、ボスの口が自分の名前をかたどったから。
電話に出るあけすけな声が、やがて不穏な空気を伝染させる。ツヨシの脳裏に浮かぶいやな光景。即座に駆け出す彼。ボスはツヨシを見ていた。しかし何も口に出せずにいた。それは、自分はツヨシを知っているから。ツヨシはきっと自分と同じだから。彼はきっと…『鍵』を探しに行ったのだ。
ロッカーから、しまわれていた銃を取り出す。
ずっとしていなかった弾込め。だが手は覚えていた。
あの頃。
ナカイは忘れられずにいた。
あの感覚。苦痛い刃音。唸り響く銃声。鈍い破裂音。
思い出すと、今でも指の先から血液が暴れかけ回ってくような錯覚に陥る。
ナカイはそれを失いたくなかった。
失うと、きっと自分の臓器を一つでも失ってしまったような、胸のすく感情に襲われるのが、目に見えているから。
…とかくこの辺りは棲みにくい。
けれど、棲みにくさを満喫せずして、なにがバードマンだと思う。
まるで飛び石のように、眠りという水面を点々とさらっているナカイ。
思わず頭を左右に軽く振って、両目に手を添えた。
分かっている。最近とみに眠れない事は。
誰もが惹かれるであろうこのフォルムの車に、ナカイの身体は不覚にも心地好く揺らされ、誰にも見せたくない、いや『こんな奴には』見せたくなかった姿を露呈してしまった。 実は、今隣でハンドルを握っている奴の素性なんて、これっぽっちも知らない。もちろん行動するに困らない程度のことは知っている。それはおれがあいつにつけた呼び名と、得意なやり方。それだけで十分。今日も収穫はそこそこ、と言ったところで、決まった相棒もつけないわりに『よくやっている』と思う。自惚れる気はさらさら無いが、自分の努力を、自分で労ってやれることくらいはしてやりたいと、あの日を境にして思ったものだ。
でなければ、やりきれなくなる自分を見越していて。
このまま夢も見ず眠ってしまいたかった。けれどその欲望に今一歩踏み出せないでいるのは、隣でキツい煙草を吸い上げる男の存在のせい…というのは、きっとその当人には判るまい。ナカイの神経は、時に異常さを帯びて尖ることがある。今思えばその尖った神経は、いつしか自分の過去とシンクロしていたのではないかと思う。
「誰だお前」
このセリフも何度吐いたか分からないが、お約束にと口にする。
誰かなんて知っている。コイツはおれだ。おれのカッコをしたおれだ。
そうしたら、いつもと同じ返事、を返されるのだ。
ニヤリと嫌な笑みで顔を歪ませ、
ゆっくりと胸元まで銃を構え、
まるでおれのリズムを知ってるかのような拍子で俺の胸を穿つ、という。
瞳を閉じた。
薄ら寒い常習性を携えた身体が、自然に強張る。当たり前だ。撃たれると知っていても、それがいつものことだと解っていても、この音で目覚められると知っていても、これを快感として身体に焼き付けられる奴はそういない。
クッと眉間に皺が寄った。いつもと違うリズムに狂わされる。何なんだよ、早く撃てよ。気持ち悪くて仕方ねえじゃねぇか。
音がして目覚めた。もちろん耳の奥で。
汗を頬に伝わらせていた。その感触で戻ってきたことを実感する。
実感を拭って辺りを見回す。低い天井。そうか、まだ車の中か…。あの夢。もちろん音はした。乾いた音で、血が吹き出して。けれど、穿ったのはおれの胸でなく…奴のこめかみだった。奴の、おれに向かって真っ直ぐ伸ばした腕がゆっくりと…あのポリが敬礼をするみたいなカッコになって、そのまま。回想した途端、汗とは違う何かが頬を洗う。
撃って、良かったのか…?
あてどもなく、誰かに聞いた。『おれではない』誰かに聞きたかった。
知っている。これが何かを知っている。
あれはおれ。過去のおれだ。
過去のおれが、おれを道連れにしてたんだ。
けれど、それを望んでたのは、おれで。
悲しくなって外を見やる。
…あいつは結局、自分を撃つ羽目になって。
おれを撃たせていたおれを解放してやるために。
悪かった。
おれは、おれの過去を汚して犠牲にすることで、おれから逃げてたんだ。
………。
まるで、臓器の一つでも失ったみたい、だ………。
「顔、白いぜ」
隣のナカイを見やった男が、そんな事を口にする。
男は柄にも無い、ナカイを気遣っての言葉だったが、それは運悪くナカイの気分を悪くさせる要素しか持ちあわせられなかった。
ナカイは無言を押し通す。この気分を害された事への不機嫌と、自分にいっぱしの口をききやがる(と彼は受け取ったのだ)成り上がりぶりに、うっかり口を開くとどんな言葉がついて出てくるか、分からない。
鳴った電話を取るのが遅れたのは、そんな下らないことに神経を注いでしまったからだろう。
「助手席も…飽きた」
ナカイは呟いた。
「降りろ」
「何」
「止めろ…」
「何言ってんのお前」
「止めろっつってんだよ!」
さすがにその叫びには、ブレーキを踏まずにはいられなかったらしい。
「おわっ!」
車が止まったことが分かると、ナカイは男を蹴り出した。
そのまま自分も降りて、トランクへと回る。
しかしジャケットを着込んだ頃には、男が何処からか出してきた金属バットを握り締めて、ゆらりと立っていたのだ。
男には理解できなくて当然だろう。けれどこの行動はあまりに性急というもので、実際こんなバカを一時でも相棒にしたナカイは自分を密かに呪う。だから、この男の鳩尾に一発くれてやるのも、反省ゆえの温情だった。
ハンドルを握ったと同時に、目についた銃を右手で取る。自分を撃ったのと同じ銃は心地好い音を立て、ナカイの意識を高めさせた。
そして旨そうに煙草の煙を吸い込む。
この意識を何処へ持って行く?
ああ、あそこじゃない事だけは確かなんだ。
あの頃。
類は友を呼ぶ、なんて諺を考えたのは、どんな奴なんだろうな。あいつらを見たらふと、そんな事が頭の中に浮かんだんだ。やっぱりそれなりの奴にはそれなりの奴等しか集まらないし、何か一つキラリと光ってるような奴は…ああきっと、それをアンテナとレーダーにしてるからだと考えるのも、悪くないかもしれない。
大したゲートキーパーじゃなかった。どちらかと言えば『使えない』部類に属する。何人かいたけど、その中の一人…えーと何だっけな、思い出せない。とにかくいたんだよ。いわゆる『○○もどき』っつーか『○○信者』みたいな奴。そう、頭の天辺から足の爪先まで誰かのマネしてた奴。けれどその誰かが、何だか思い出せない。もしあそこにいた全員が全員、そんな『○○もどき』だったとしたら、おれが唯一その元を知ってる奴だったはずなのに。だから少しイラついてるんだ。思い出せない自分に。
そこら辺のチンピラを集めたところで、おれたちにかなうハズがない。これじゃ中の奴らも知れてくる。誰だ?こんなの集めた奴は。ボスか。サブか。まぁこんな所でそんな他愛もない事を考えてるのもおれくらいか。でも気になったんだ。あまりにたやす過ぎて。あいつが捕まったというのに、どんな奴かと思って来てみると、こんなのが相手だった、というのでは少なからずも疑う余地がなければいけない。でも時々他人を差し置いて、浸っちゃうクセのある奴だから、そのスキを上手いこと突けば…、そこさえ上手ければ、出来ないこともなかったかも知れないな。ああ、何を考えてるんだ。どこからそんな話が出てきたんだ。そうだ『類は友を呼ぶ』だ。本当に、似たような奴等って集まるんだろうか。いやそんな考え方じゃ、また堂々巡りだ。そう、おれが一番に考えたいのは、おれ達は、惹かれ合うほど、似てたのか、ということだ。
車を降りた足で、その日何十本目かの煙草をにじり消す。ジャリッと音がしたのは、この辺りがまだ古い煉瓦敷きの道だからだろう。コツコツという心地好い足音は、ナカイのもの。そういえば何ヶ月か前に一緒にやった奴はやけに商売っ気が壮んな奴で、そいつだったらこの煉瓦を掘り起こして、アンティークとか何とか言って売り飛ばしてたんじゃないだろうか、とナカイは思う。どこでだって商売の事を考えてるような奴で、実際そうだったから。嫌いじゃなかったが、ナカイとの仕事における相性については、からきしだった。それもまだ何ヶ月か前。だけどもっと何年も経ってるような気がしていたのは、何のせいだろう。
海でも近いのか、この辺りの建物は一風変わっている。街灯も…あれはきっとガス灯じゃないだろうか。装飾のあまりのものものしさに、ナカイは心持ちまで変わってくる。
不意に口笛が聞こえてきた。いや、空耳かもしれない。その音はあまりに低く、あまりに遠く、囁くようでいて。その音でナカイはまた一人、思い出した奴がいた。そいつも口笛をよく吹いていて、低くて、囁くようでいて。歩きながら吹いてると、ウォレットのチェーンからも響くリズム音で、二重奏みたいになってたのを思い出す。ナカイ自身も口笛は吹くが、あの話し言葉のような吹き方はマネ出来ない。いや吹き方じゃない、きっとあいつだからそうなってたんだろう。話すための『唇』から出す音だから囁くような音が出せるなんてそんな単純公式じゃない。もっと…、ありあわせの言葉なら『いつもを楽しんでる』奴にしか、出せない音だった。
ぬるく頬を凪いだ風と共に、口笛のボリュームは耳に確信を与えていった。この口笛がナカイの空耳ではなかった、と。けれど近くにいるらしい主を探すことは、しない。それほどの暇は自分に与えられていないのだし。安定したリズムに身を委ねて、先を急ぐ。音に引き寄せられて目を閉じた瞬間、口笛の代わりに自分を現実に引き戻す声が耳を通った。
「何、お前」
その口数は少なかったが、声それ自体は確実に驚いていた。
そりゃあ、驚いて当たり前なんじゃないだろうか。『角から出会い頭に人が飛び出てきて、そいつは瞳を閉じていて、しかも瞳を閉じたそいつの顔を自分は知っている』のだから。
ぶつかる寸でのところで避けたつもりが、そうは上手くいかなかった。すぐに「いてっ」て声がそいつから漏れて、瞬時に怒りの瞳をこちらにギョロつかせてきた。
次に出てくるセリフはきっとこうだ。
「…キムラ?」
深々と下げた帽子を、風向きを読むような仕種で上下させて、こちらを伺ってくる。判別に時間を掛けたのは、ものを考えていた証拠。そしてすぐにあの言葉は飛び出した。
―――「お前もか?」
ナカイは物事を読み取る力だけはべらぼうに優れていて、それだけに苦しんでいることも沢山抱えていた。今でも変わらないその表情は、今になっても苦しんでいる証で、未だにそれを諦め捨て切ることも出来てないワケで。それは見方によっては『威嚇』だった。硬く強張らせたデカい目はさながらアンテナ。センサーは、全身を纏っている見えなくて弱い毒波。でもそれがそいつの「良さ」でもあるんだと、オレは知っていた。そして今でも。
オレは何も言わない。オレが言わないから、こいつも口を開かない。…こいつといると、オレはなぜだか言葉少なになってしまう。それはいつまで経っても、声を出してこいつに意思を表示する、ということに意味の無さを痛感させられていた、あの頃から。
何となしに、オレ達二人は同じ道を歩いていた。あそこに行くには、いろんな道があるというのに。そこの角を曲がっても。そう、あそこの角でも。なのに同じ道を歩いている。オレ達にしか見えない道のように歩いている。それはオレが欲しがっていた、きっかけ。
「どうして知った?」
そいつを見ずに投げかけてみた。
「電話が来た」
オレを見ずに言うのが分かる。
「おれも」
その言葉が足音に消え入ってしまうまで、そう時間はかからなかった。
けれど風化した言葉に喉を詰まらせていると、今度はあっちから喋ってきたんだ。
「シンゴ。あいつ、どうしてるかな」
それは、あの時バードマンを別れて、ずっとオレ達縛り付けていた事柄の一つ。
若くして出会い、若くして別れていった奴。
リーダー的な存在だったナカイは、いつもそいつの事を頭から離さなかった。それは、この生き方を選ぶには若すぎた彼を引きずり込んでしまった事を罪とし、今でも償い続けているようで。
何でも背負い込むクセがこいつにはあったんだと、オレはまた思に走る。そう、頼れる奴ではあったけど、こいつはどこか頼りなげで、オレ達全員は常々気を揉んでいたんだ。『こいつが、パンクしやしないか』と。
「おれとやんの、辛そうだったじゃん」
『オレら』と言わないのが、罪を償っている意識を明らかに露呈している。でもオレは知っている。奴を苦しめていたのは、お前じゃないって事を。
オレはこれがただ単に絡み合っているだけで、すでに解けなくなった糸ではない事を祈っていた。だから苦手でも、浮かんだ言葉を端からアラモで切り分けていくんだ。
「シンゴは、お前とじゃなくても苦しんでたと思う。よくわかんねぇけど何つーのかな、オレがお前になっても、お前の立場だったとしても、あいつは絶対苦しんでたと思うんだよ。ハタから見てて…『あいつは「自分」で苦しんで』んだなって。だからきっと、誰が何になっても、変わらねぇんじゃねーかな。ホラお前がお前なように、あいつはあいつなんだから。だから…」
―――償わなくたって、いんじゃないの?
こいつに対する言葉の有効性なんて、なにひとつ期待しちゃいないが、今のオレは言葉以外でこれを伝える術を知らない。期待と情熱が薄かったのは、こいつと過ごした時間が出した結果で、それを改めて修復できる時間はここにはなくて。
それはまさに『祈り』だったんだ。堅い岩戸が開かれるのを願う祈り。マリアみたいな仄かさも高尚さもないけれど。
そして祈りは届くためにあるし、夢は叶うためにあるものなんだ。
ぼうっと長くなっている影の頭の先を、オレはどうやら踏んでいたらしい。それにふと気付いて影の先、根っこの足の方を見ると、何やら頭を押さえて痛そうなマネをしてる『奴』がいた。
「シンゴ」
ナカイが口の中で呟く。
…祈りは、届くためにあるんだ。
目を見開いていた。それは驚いているとも、哀しんでいるとも、泣いてるともとれる表情のナカイで。けれど瞳の中の色では「信じてはいけない」と警鐘を促していて。
長年のうちについたシミは、なかなか取れ辛くて参る。そう、それは見透かしているナカイと、喋らなくなるオレも同じ。けれど、何か分かってきた。オレは見透かされちゃいないし、ナカイもオレを見透かしちゃいない。オレがお前を分かった風でいたんだ。お前がオレを見透かしてるなんて分かった風でいたんだ。だからダメだったんだ。
なぁ、ナカイもそうなんじゃねぇの?ほら、お前に心閉ざしてるような奴が、あんなイイ顔して、お前に手ェ振ってくると思うか?なぁ?
…きっかけなんて、容易いもんなんだよ。あんなにシブトかったのが、逆に不思議に思えてくるぐらいに。だからお前の氷が溶けかかっているのは、お前を見りゃ分かるし、オレの薄いガラスの壁も、もうあちこちにヒビが入ってる。
だったら。あとはもうシンゴの口から、あの言葉が出てくるのを、待つだけなんじゃないかな。そう『合い言葉』とでも言ったら面白いかもしれないな。そう、それ。
―――「ナカイくんたちも?」
「変わったな、お前」
俺たちは、リーダー…ナカイくんの、そんな一言から始まった。
でもそれから何の言葉も出なくなっちゃったもんだから、俺は茶化しも、照れも、色んな気持ちをまぜこぜにして、こう言ったんだ。
「感動してる?」
そしたらナカイくんはこう言う。
「するよ。いやしない。お前なんかにしない」
ああ…うん。
もうその一言が、何だかキュッと胸に染みちゃって。ヤバいね。もうハンパじゃない。喉のとこまで込み上げてきちゃってる。いつからこんな感動屋になったのかな、俺って。
俺は涙腺の処理に困って、あたりを見回す。キムラくん…俺の頭(影だけど)を踏んでいたキムラくんは、俺を伺うようにじっと見てた。ナカイくんの少し後ろから「うぃす」って感じで。やっぱり再会って照れるもんだと思い知らされる。けれどキムラくんからは目を逸らせなかった俺はまた困って、何かよくわかんないけど「ウン」つって頷いちゃったんだ。したらキムラくんも目で「変わったな」って言ってくる。
そうだ。俺は、この人に「ありがとう」を言わなくちゃいけない。
キムラくんは、知ってたんだ。俺の“嘘”を。知ってて、俺を突き放してくれていた。知らないフリして、俺の背中をたたいてくれた。溺れかけて、無我夢中に伸ばした腕に、キムラくんはロープを絡めてくれていたんだ。けれどそのロープをキムラくんは引っ張らない。ただ俺の手の中にあるだけの物。しかしその「引っ張られない手の中のロープ」に俺は何度助けられただろう。その感触に、何度俺は孤島に打ち上げられずに済んだだろう。
キムラくんは、俺に『最善』を提供してくれたんだ。
そんな大切なことですら、俺は気付くのにかなりの時間を掛けちゃったんだけど、今感謝できるチャンスなんだから、いいじゃないか。
こう思える俺がいるのも、この人達がいてくれたお陰なんだし。あ、でも…元はと言えば俺を苦しめるきっかけになったのも、この人達のせいだったんだよなぁ。未来ある少年をこんなとこに引っ張り込むから、イケなかったんだよ。なんて、今はシャレだけどね。
俺は心の中だけで『ゴメン』と謝って、歩き出した。
「行こう。あの人、待ってるよ」
そう言って、ナカイくんたちも歩き出した矢先、
「あれ、シンゴ?」
聞き覚えのあるすっとんきょうな声を、向こうから聞いた。
そして、ナカイくんの声。
「ツヨシだ…」
シンゴとは、「バードマン」と別れた後でも幾度かの連絡を取り合ってた。シンゴのことが心配だったって言うと大義だけど、俺達と別れるのがシンゴは本当に寂しそうだったから。いや、情けを掛けたんじゃなくて、俺も…寂しかったんだと思う。同じ場所にいた五人だったけど、俺の位置から一番近いのは、シンゴだった。
シンゴはあれから絵ハガキを送ってくれた。最初の時なんかアイツ、クリスマスカードを送ってきたんだぜ。雨ばっかりのムシ暑い時期に。でも理由は分かるんだ。この優しいマリアの絵。きっとこの絵が気に入ったから、そうなったんだ。嬉しかったんだけどアイツがね、ショップで絵ハガキと絵ハガキを、こう…神妙な目つきで見比べてるところを想像すると…、笑えてきてしょうがなかった。
絵ハガキは、何枚目かで手描きになった。右下の方に、ちっちゃくシンゴっぽいサインが入ってた。絵を見ると、こんな小さなカンヴァスじゃ足らないって不満と、色に込められた楽しさがもうグチャグチャに混ざってて、そいつらは『主張』って言葉しか知らないみたいで、苦手っぽい文面とは裏腹にイキイキと俺の目を愉快にさせた。もう、アイツには悪いけど、裏の文面は読む必要がないくらいだったんだ。
俺は…俺はというと、その返事はいつも電話だった。しかもケータイの留守電。本当はハガキで返事するのが良いっていうのは分かってたんだけど…どうも苦手で。このシンゴとのギブ・アンド・テイク成立させるには、この方法が俺にとっての精一杯だったんだ。そしてシンゴは目の前にいた。ナカイくんやキムラくんもいた。俺と同じカッコをしてた。
それで俺が言った。
―――「シンゴたちも?」
そしたら三人は示し合わせたようにプッと吹き出して、笑い出したんだ。何がおかしいんだろ。
四人は歩き出す。行き先は同じ。道程も同じ。目的も、同じ。
その道すがらは笑いさえ混じる、温かで楽しそうな会話に塗り替えられ、外からは見えない懐に潜められた銃が、まるでガンのようだった。いや、彼らにとって愛器はけしてガンなどではなく…『覚悟』だ。銃に触れていた者、長い間触れる必要のなかった者などその経緯は様々だが、それに携えられた『覚悟』は、歩くごとに四人の心の白紙部分へ遜色なく写し取られていく。そしてその作業はきっと皆同時に完成する。
「みんなさぁ、何で知ったの?」
ツヨシの不意な質問は、三人の中に一瞬だけ氷をヒヤリと滑らせていく。変な間を空けまいとシンゴが口を開く。
「ツヨポンは」
「俺ね、電話がきた」
店に。
三人全員とも予想通りの答えに、安堵と不安がよぎる。不安なのは本当に聞きたいことが、その先に存在するから。
「それで誰から…?」
一番聞きたかったことは、キムラがまとめ上げた。
ツヨシはややあって、答えはじめる。
「あのね、変な話なんだけど…『小藍』からきたんだ」
「『小藍』…!?」
声を上げたのは、ナカイだ。
『小藍』は、彼女がツヨシに名乗った名前。仲間も小藍の存在は知っている。けれどこの名が本物かどうかは誰も分からない。ただ彼女は『コアイ』というイントネーションを 嫌がり、ついそう呼んでしまうツヨシに何度も言っていた。『コアイ』じゃなくて『小藍』だと。黒く長い髪を可愛らしく結い上げ、笑顔を絶やさない明るい性格で…才媛と言うにはほど遠かったが、ツヨシを取り巻く空気そのものを浄化してしまうような不思議な感覚に、彼は虜となる。事実バードマンが終わりに近づく頃、ツヨシの心は小藍のものになっていた。
きっかけは単純で安いドラマみたいだった。彼女を助けた、ただそれだけ。しかしその小さな波紋にしか過ぎない波は、やがて大きな波へと変貌し、ビッグ・ウェンズディとなり、無力なツヨシを悠然と襲うのだ。ひょんな事で再会したが、もしその時ツヨシに何か忠告をしたとしても、時は既に遅かったはずだ。
小藍は彼の心をくすぐり、夢中の夢へと誘う。本当にそれは夢のような時間であったけれど、今でも夢ではないとツヨシは自分に言い聞かせている。夢だと思ってはいけないのは、夢から覚めた証拠であり、それはこの永久に続くと思っていた夢が脆くも終わりの日を迎えていたからである。
終わりの日は、簡単に訪れた。彼女が、この世から、消えたのだ。
出会いもドラマなら、別れもまたドラマで。しかし彼ら自身をドラマと謳うなら、この世のあらゆる恋の神を冒涜すると同じことだ。いや、そんなありもしないものなど冒涜するに値しない。本当に冒涜しているのは、そんな極めて短絡的な道筋でしか物事を見れない己自身だろう。
走行中の車と接触したという彼女の身体は、どこに接触したのか判らないほど綺麗だった。とにかく紙のように白くなって、何も映し出すことのなくなった顔だけは印象的で…、それに目も離せなかったツヨシは、もう二度と押し上げられることのない両の瞼に、キスを落とした。…これが初めてのキスだったと思う。
その時もツヨシはただの一度も、涙を落とすことはなかった。「俺の涙、どこに行っちゃったんだろう」乾いた心でツヨシは何度も反芻していた。まだ、何も誓い合ってはいなかった。
痛みももう想い出となっていったが、やはり小藍を話題に上げるには少々胸が痛い。けれど、それでも話すのは『小藍』と同じくらい自分が愛している『仲間』の危機だからだ。
「店に電話が入って、それで他の人が取ってくれてて代わったら、なんか聞き覚えのある声だなーって。たくさん喋ることはなかったんだけど、一言一言出てくるたびに、ウソだろ?って思えてくるんだ。それで最後に『あなた誰?』って聞いたら…『私』って言って…切れた」
あんまりにも突発的な出来事で、今でも何が何だか解らないんだ、と彼は言う。「ガセかもしれねぇのに」というナカイのコメントは、ツヨシを逆撫ですることなく、彼に続きの口を開かせた。
「ほんと、俺も最初疑わしかったんだ。でも…『小藍』だから」
彼女の声だったから。
あとは沈黙がこの会話をくくる。
「…小藍がくれたと思うんだ。俺の鍵の…鍵」
そう一言ポツリと漏らしたことは、誰も気付かなかった。
「キムラくんは?」
ツヨシが続けて問う。元はと言えばこの疑問を投げかけたのは、彼だ。
「オレは…波、海の友達から」
「『知って』んの!?」
間髪入れずにシンゴが言う。
「いや知らない。それなら『小藍』も知らないだろ」
彼らが仲間である所為は、誰に知られてもいけない。それはツヨシにとって『仲間』と同じ席にいる『小藍』ですら知らなかったのであるから。もっとも、嘘がすぐバレるツヨシのことが大事だった彼女は、勘どるくらいのことはできていたかもしれない。
キムラは続けた。
「オレは自分の家のが鳴って。それで出たんだけど…最初の方、何言ってるのかもうわかんなくて、右から左状態で。いやあの、電話よこしたの…『波乗りに行く』つって、そのまま帰って来なかった奴なんだ」
人を憧れさせる奴だった。その日もスーツケースの小さいのとロングボードを持って『波乗りに行ってくる』とただ一言だけ、キムラの家までわざわざ言いに来た。その日は憧れるんじゃなくて、羨ましがった、な。その行動力が信じられなくて、何度もどこに行くか聞いたから。そして『これが最後だからな』と笑われた。キムラは歩きながら思い出す。
「波にさらわれて…多分、海がそいつのことスゲー気に入ったから、連れてったんだ。海が独り占めしたんだよ。アイツを」
波に打ち上げられた身体は、もうボロボロのクタクタになっていて、海に魅入られるのに必死で抵抗した跡があった。木村は帰ってきた奴の胸に手を置いて
「おかえり」とつぶやいたが、返事は何もなかった。その瞬間、涙がボロボロと落ちて彼の身体を濡らした。しかしそれも蘇生の雨とはならなかった。
「電話の最初の方、ワケがわかんなくて『ストップ、もう一度最初から』つったら『これが最後だからな』って。もうそれで「アイツだ」って思えてきて、しょうがなかったんだ」
それでキムラは今ここにいる。友に動かされ、ここにいる。矛盾なんて、自分を留める理由にもなりはしない。
「キムラくんも…なんだ…」
シンゴがそう漏らすのも、無理はなかった。
「俺も、もうこの世にいない人から、かかってきたんだ」
シンゴは一から話しはじめた。
それはシンゴに、初めて絵の具を与えてくれた人だった。シンゴは彼を『センセイ』と呼ぶ。最初ふざけて『師匠』と呼んだら「俺はお前に絵の具の使い方しか教えない。受講料も取る」なんて言われて『センセイ』に改めさせられた。
シワシワの手、真っ白な髪とヒゲ、ワシのような鼻と痩せて窪んだ波動の目。老人と言うには力強く、その手から生み出される色彩も、伸びやかでバネがあった。そして路上を生活拠点とする彼の暮らしぶりを、密やかに映し込んでいた。
彼が持つのは絵の具だけで、カンヴァスはない。彼のカンヴァスはこの路面であり、この街であり、この生活という名の世界なのだ。
シンゴとセンセイが出会ったのは、シンゴの精神状態もかなり安定してからのことだった。ジェイとエンとのわだかまりも吹き飛び、再び彼女らを受け入れることも出来ていた。ツヨシに出した絵ハガキは、何枚目だっただろう。
センセイに出会い、絵ハガキが手描きの物に代わるまではそう時間もかからなかった。ツヨシにはセンセイの存在も文面に書いて教えた。というか、ツヨシ宛の絵ハガキはセンセイの元で、センセイの絵の具を使って描かれた物であったのだ。絵の具を買う金くらいは持っている。けれどセンセイの絵の具を使うことで、自分も絵が上手くなれるような気がしていた。もちろん、巷で手に入るそれより割高の代金を徴収されたが。
地面に絵を描いて金を稼ぐセンセイ。壁には描かないのかと聞いたら、壁は雨が降っても絵の具が流れない、描く所がなくなる。足腰も辛いと手短に答えられた。なるほど、地面なら雨で絵の具は流れる。次々と新しい物が描ける。座って壁に描いたところで、出資も出来ない観覧者を増やすだけだ。そんな風にシンゴは色んな事をセンセイから学んだ。もちろん受講料は払わされて。
そして、ある時の彼を夢中にさせていた、秘密基地のカンヴァス化。その徹夜明けの疲労困ぱいした足で歩く道すがらで、充実感を胸にニンマリと笑いながら、いつものハガキを握り締めてセンセイの元へと足を運ぶ。しかし彼はお決まりの『アトリエ』にはいなかった。それは長い雨が降った次の日。やけに気になって『寝床』に行くと、センセイの『仲間』が横たわった彼を取り囲んでいた。イヤな予感がする。シンゴは人を割って、横たわるセンセイの肩の辺りへ膝をつく。そのさまは汚らしいドブの中にただ一滴落とされた、濁りのない絵の具そのものだった。
センセイはすでに危ない状態にあった。それを目に入れたシンゴは、不意にボディーブローを食らったような目眩に襲われる。昨日は元気だった。時々寝ていなければならない日もあった。けれど昨日は元気だった!
前の晩の長い雨がそうさせた。屋根を持たない彼らの生活に、雨は地獄も同然。体力が衰えている者なら、なおさらのこと。センセイは持病に併せて肺炎を患っていた。それは彼の最期に近しい。
「ふうふう」と怪しい息をつくセンセイの手を握るシンゴ。不意に自分の手を取られたセンセイが、目を少し開くと、シンゴがそこにいる。シンゴは今にも泣きそうな顔をだった。やめろ、こっちまで泣きたくなってくる。そんな風にいとおしく思う自分がいることに気づいて、シンゴを睨み付けた。ここからいなくなれ、と。
たしかにセンセイは目で言った。いなくなれ、と。シンゴはそれを苦もなく読み取った。しかし真意までは読み取れなかった。だから繰り返した。「どうして!」と。何度も何度も。病院だって、自分が連れて行く。お金なんか気にしなくたっていい。こんな場合に『施し』だなんて思わないで。
でも繰り返すうち、急に哀しくなった。自分とセンセイの間にある気持ちの食い違い。繰り返せば繰り返すほど、その溝の本当の深さを己に知らしめることになっていく。その深さがおよそ判りかけた頃、シンゴは沈黙していた。この事実を受け止めるには、自分はまだ、弱すぎる。
『所詮、住む世界が、違うのだ』。その言葉が浮かぶと同時に、シンゴの目の前は真っ白になった。そして気付けば、見慣れない街の中をとぼとぼと歩いていた。
また、裏切られた。その言葉を文字にして、頭の中で巡らせる。何度も何度も巡らせる。そうすうることで、そう思い込もうとしている。所詮、いい金ヅルだったのだ、自分は。缶詰の料理を、高級フレンチの値段で食わされ続けていたのだ。そうやって様々な言葉を反芻する。それらを暗記して、そう思い込もうとしている。しかしそれはなぜ?本当に裏切られたと思っているのなら、暗記する必要なんてないのに。
その時ふと、自分の中のカンヴァスを覗き込む。見ればグチャグチャだ。こんなに醜く塗りたくったのは誰だ?・・・・・。自分だ。シンゴは立ち止まった。同時に言い様のない涙が込み上げる。なんなんだ、なんなんだ俺は。誰もいなくなったあの時、あんなにも欲しがっていた大事な物を、自らの手で今汚すなんて。この情けなさに鼻と喉の奥が痛くなる。自分が自分で何が悪い。傷つけられたのなら、傷つけられて何が悪い!
シンゴはそのままくるりと踵を返し、歩き出した。通俗に振り回されているヒマは、ない。これは一刻の猶予もならないことなのだから。
シンゴは見慣れた『寝床』へ戻る。センセイに群がっていた人々は、殆どいなくなっていた。センセイは…、まだ寝てる。その姿を確認して、センセイの元へ走る。
それは、さっきと変わりないセンセイのはずだった。
「…」
しん、と静寂が降りていた。空気の波紋さえ聞こえそうな静寂。その波紋は、死神が魂を引き抜いていった跡。凍り付く。今まで当たり前のように出来ていた、身体と本能の合致を忘れる。
「センセ…?」
恐る恐る歩み寄る。センセイの時間は、止まっていた。あともう少しのところで、センセイの時間に追いつけなかった。そして周りにあったセンセイの生活用
品は、全て無くなっていた。死人に不要な物は、生人が有効に使うらしい。もしかして、それが目当てであの人達は来ていたのか?シンゴは考える。本当に住む
世界が違う、というのはこういう事なのかもしれない。事実センセイの元には、もう何も無いのだ。そう、花さえも。
センセイは胸に何かを抱いていた。シンゴはゆっくりとその腕を開いてみる。そこには絵の具。守るようにに抱かれていたセンセイの絵の具があった。触れる
と、涙がパタパタと落ちだした。今、センセイは死んだんだ。急にそれがリアルになって、胸を詰まらせる。天を仰いだ。雨上がりの日の清々しい空。昇って
いったんだ。センセイは、あそこへ。きっと。
そう思っていると、声を掛けられた。それはセンセイの『仲間』。いやらしげな笑みで顔を引きつらせ、こちらを伺ってくる。シンゴにとっての印象は、お世辞にもいいとは言えなかった。男は汚らしい手を擦りあわせながら、ひどく回りくどい言い方で、シンゴにいくらかの金を要求してきた。じいさんがかわいそうだとか、他の奴らは薄情だとか、葬式をしてやりたいけどその金がないだとか、ありとあらゆる方便を使って。そう、方便だと判ったのだ。この男に金を預けたところで、何の役にも立たないと。脳はすでにつめたく冷えていた。けれどあの時、ずっとここにいたとしたら、どうなっていただろう。自分はこんな奴らに囲まれて、無傷で済んでいただろうか。その瞬間、冷たい脳の中でパズルのピースがカッチリとはまった。センセイの真意は分からずじまいだけど、こういう事
だったのかなとは思う。シンゴはスッキリとした頭で、センセイに「ありがとう」を言った。やはり、あなたは俺のセンセイだ。
「『センセイ』、死んじゃったんだ…」
シンゴが事を手短に話すと、まずツヨシがそう呟く。
ツヨシはセンセイの存在を知っている。それはシンゴが描いてよこしたハガキにあったから。けれど、死んだことはその後のハガキには書かれていなかった。
「うん、ついこの間のことだけど…でも死んじゃった」
シンゴは続ける。
「ケータイにかかってきたんだよね。俺、前に一度だけケータイの番号を教えたことあったけど…ああいう人だったから、かかってくる事なんてもちろん無くて。声聞いたら一発で判って、でも信じられなくて。そうやって慌ててるうちに電話は切れちゃったんだ。あの『発信者名』って表示されるでしょ?あれ見たら『公衆電話』からだったんだ。ホント正直なところ、何か気味が悪くなって。あの時の男が金なんか目当てでかけて来たのかな、なんて思ったりもしたんだ。けど“お前の仲間を助けろ”って言ったんだ。あんな狡い男が、そんな事言うわけないでしょ?だから」
ここにいるんだ。とシンゴはジェスチャーした。
三者三様ながらケースはほぼ同じなことに、驚かされる。一人なら、空耳かもしれない。けれど三人だったら?三人とも『仲間』と同じくらい大切な人達だったら?しかしそれを肯定できる人物はここにいない。
「いいじゃん。嘘かホントかじゃなくて、信じてればいいじゃん」
俺たちはすごく貴重な体験が出来たんだから。
シンゴはそう言いたげだった。
「そうだよね」
ツヨシも同調する。キムラも頷いていた。
そこに終始無言で聞いていたナカイが、口を開く。
「おれも、死んだって言えば、死んだヤツなのかな」
それは自らに確認を促しているようだった。
「おれは、昔と変わったかな」
ポツリと漏らしたナカイの呟きは、誰に聞かれるでもなく風と共に消えていく。その些細な響きが彼の心を打っていたことすらも。
あの時背負った感情は『絶望』だ。
人間は誰にでも、聖域というものが存在する。ナカイが絶望を背負った理由は、けして複雑なものではなかった。ただ、その聖域を自らの手で侵した、のだ。
人は年を経てくるごとに、汚れていくものだと思う。
年を経ると余計な思考を挟む隙間が作られ、それらをフルに活用してしまう。その隙間が、汚れているのだ。そして質の悪いことに、人はその汚さを少なからずも認識している。汚れていると分っていても、それを肯定してのうのうと生きているのだ。
そういう人間になりたくないなんていう事は、これっぽっちも考えていなかった。何故なら、それを知ることになったのは、自分がもう既に汚れてしまったと認識した後だったから。
そう、今は汚れている。
汚れた自分は、今を慈しんでいる。
しかしその今も、もう昔の事だ。ナカイは足を辿る先に吸っていた煙草を投げ捨てる。すでに用済みとなったそれを何歩目かのリズムでにじり消し、ゆっくりと仲間たちを見上げる。
汚れた自分は、こいつらをダシに使うことで、今の自分を正当化していた。
『バードマン』と別れるのを最初に後押ししたのは、他でもないナカイ本人である。皆をまとめる役ではあるけども、四人の仲間を拘束する権利はないとナカイは考えている。
理想は現実からいつも遠い場所にある。
それを生まれてから、これ以上となく感じたのはバードマンと別れる、その時だった。
誰が最初に言い出したのかすら分らない「別れ」の提案は、一度はナカイによって取り下げられた。理由はひどく利己的なものだったが、それを包み隠して補えるほどの方便がそこかしこに転がり落ちていた。だからそれを活用しない手はなかった。結果は自分が望んだ通りのものになる。しかしそんな自分に満足した瞬間、どうしようもない罪悪感がジワジワと己を苛み始めたのだ。リーダーとはいえ、四人を拘束してはいけないと心に決めたのは、自分自身だ。それなのにこのザマは、なんだ?自分は一番してはいけないことを、しでかしたんじゃないのか?
二度目の提案が訪れた時は、その罪悪感が原動力となっていた。しかしリーダーである人格と自分自身とがうまくリンクしないまま、行動に移してしまったらしい。それがいびつなその後の自分を生み出したきっかけではないかと、今にしてナカイは思う。
その時、バードマンを失う事は、自分を失う事とほぼ同義であった。舵を失った船は、それを見つけられないまま苦しさで何度も座礁しそうになる。四人と別れても、血と金と硝煙の匂いに包まれたこの世界に居続けたのは、その失った舵に似たそれを探し続けていたからだ。
舵ならいくらでも見つかる。だが、自分の求めているものであるかと言うと、話は別になってくる。ナカイは幾つもの舵を、昔のそれを懐古し当てはめ、端からあれではない、これではないと放り投げていく。どれ一つとして、昔のそれに匹敵するものは現れない。
その舵は、『仲間』と言った。
舵のない汚れた自分の前に立ちはだかるのは昔の自分だった。それは舵を持った自分。汚れを知らない自分。
ある時それをナカイは、撃った。
それまでの自分は、過去に淘汰されていた。
淘汰を受け入れることで、昔の自分を繋ぎ止めていた。
けれど、いつからだろう…そんな自分では満足がいかなくなっていた。きっとそれは、今の自分が汚れていると認識した時。
しかしそれがきっかけとなって起こした行動は、汚れた自分を正当化するために、過去の自分を汚すことだった。自分が過去の自分にすがり、もたれ、引き止めることを、さも昔の自分の仕業だと思い込む作業。自分の欲望による行動を全て過去の自分に押し付け、自分を潔白なものへと変換する、醜いやり方。
そうして作り上げた過去の自分に、今の自分を撃たせる。撃たせることで過去に淘汰された感触を得る。感触を得ることで、過去を更に縛り付ける。しかしそれでも汚し足りない、過去という名の聖域を侵し足りないと訴えは頂点を極め…ついに自らの手で撃たせてしまった。
そこで目が覚めた時、待っていたのが『絶望』だった。
「電話、『おれ』からかかってきたんだよ」
ナカイは言いながら、次の煙草を出そうとして…やめた。
「おれ。おれ自身から」
箱の尻を軽く叩いてポケットへと戻す。
さすがに今まで聞いた話と、今回のはワケが違う。そう思ったシンゴがひときわ大きな声を発してしまう。
「オカルト?!」
さあな、と言ってナカイは続けた。
さっきしまった煙草をまた取り出しのは、そのセリフがあまり心地好いものではなかったことの顕われではあるが。
「『あいつが捕まったから、助けに行け』って」
安いライターで煙草から香りが放たれる。
「『仲間がピンチだ』って」
その時、声を聞いていたナカイは、この『仲間』という言葉に反応したらしい。
「そん時に、おれっていうか…これ『昔のおれ』じゃねぇか?って思った」
そう、自らの手で自害させた、過去の自分。
そいつからの、電話。
「怪しいだろ?誰かがさ、擬声器でおれの声をマネしたのかもしれねぇし。でも、まぁそれでも…いンじゃねぇかって思ってたんだけど。騙しだったら騙されてもいいかなって」
『仲間のピンチ』なのだから。
嘘でも、陥れでも、行かなければ絶対後悔する。
「…『昔のお前』は死んだのか?」
キムラが後ろから問うた。
「死んだ…のとはちょっと…違うかもしれない」
曖昧な返答は、今もナカイがその答えを模索していることを露呈している。
思えばあの時感じたのは、電話の声が驚くほどの速さで自らの耳に染み渡っていったということ。それは電子の世界を通じ、過去の魂が今の自分の中に流れ込んでいく感じとでも言えばいいのだろうか。聞こえてくる声には何の抑揚も与えられていなかった。けれど何だか…『温かい』とナカイの耳は感じずにはいられなかった。
他で言い換えると、これはきっと『許されている』のではないかと思う。どこまで非理なんだと追求されれば、それまでである。けれどこの電話のお陰で、不必要な暗がりも、絶望ですらも昇華してしまったことは、確かなのだ。
だから今、ここで『仲間』と共に歩ける。
ナカイはそれ以上は語らず、歩を進めることに意識を戻した。多くを語るにはボキャブラリーも、またそれを練り上げる材料も足りなさすぎる。そして『奴等』のところから、既にいくらも離れていないのだから。
「…来るぞ」
くわえ煙草で小さく呟いたその先には…ゲートキーパーたちがいた。
アンティークからは程遠く、単に古びただけのドアノブは、固く鳴り響いた銃声で機能を失われる。開けた世界は、その狭さが趣味の悪さに拍車をかけており、その暗がりでも彼を見つけるのは至極容易であった。唯一自由の利く、口と瞳だけで抗ったことが判る血に塗れた顔。見取ると四人それぞれの思いが猛ってゆく。
猛った思いは筋肉に包まれた無骨な男の手で、順々に照らされていった。気分の悪い唯一の照明。だが捕らえられ、朦朧とした意識の中の彼もその照明に助けられて、それが何者であるかが、やっと判ったのだ。
その名を呼ばれる。聞き慣れた声で。
「ゴロー!」
「・・・・・・」
ゴロー自身もそれに合わせ何かを言ったのだが、言葉にならなかった。非情な拷問のせいで口の中まで切れているらしい。唾液と混じった血の生臭さが嘔吐感
を喚起する。しかし、今はそんなことに構っていられなかった。いつも何もかもを知り尽くしているような瞳を大きく見開き、彼らを見ることが必要だった。
そう、こいつらは…そうだ…。
「バードマン」
ヒステリー気味のボスが待ちかねていたとばかりに口を開く。それと同時にタクヤが姿を消した。次の瞬間、ボスが鈍器を投げ出し、床に倒れる。すかさずツヨシが走り込み、ゴローの戒めを解放した。そしてゆっくりと近づいて行ったナカイが、部下の男に強烈な一発を食らわせるのと、シンゴが解かれたゴローの腕を自分の肩に廻したのは、ほぼ同じタイミング。
倒れた自分の格好悪さを呪いながら、ボスは起き上がる。振り返り、狭い世界からの脱出を図った五人の終わりを見ると、ゴローに拷問をしていたと時と同じ笑みがボスの顔に宿った。
そう、面白いのは、これから。
改造を何度も繰り返したこのビルは、見た目のシンプルさとは裏腹に迷路のような複雑さを呈し、早くここから逃げ出したいバードマンを上へ上へと誘う。異常な扉の多さに、クネクネと曲がる廊下。それらを吟味する冷静さは、やはり普段よりも欠いていたかもしれない。それは冷たい風が走り抜ける屋上へ出ても、自分達は逃げ延びられるという考えが、それぞれの心のどこかに潜んでいたからだ。
五人が屋上を見回していると、いち早く階段を上りあげた敵が現れる。男は極めて正確なポジショニングで銃を構えた。標的は決まった。あの大きな奴を殺ってしまえば戦力が激減するはず。推測は確信となって弾に乗せられる。そして真っ直ぐな軌道を描き、捩れゆく弾丸。気配を読んだゴローが瞬時に口内の血を吐きながら叫んだ。『シンゴ!!』そのシグナルがシンゴを振り向かせ、後頭部に埋め込まれるはずの弾丸を、頬を掠めるまでに至らせる。
弾ける衝撃で倒れたシンゴ。よく見ると、男のそれは奪われたゴローの銃。すかさず愛器を構える三人。シンゴも素早く起き上がり、銃を構えた。男の周りにはどんどんとその仲間が集まっていく。どうやらあの数々の扉の向こう、小さな部屋の一つ一つに敵が一匹ずつ詰め込まれていたらしい。そいつらが今、全員集合したというわけだ。
そしてついにボスが現れた。満を持して現れたその男は、嫌悪感をたたえた笑みを浮かべ、こちらににじり寄って来る。もう逃げ場はない。有効な方策が未だ見つからないナカイは冷たい汗を流し、乾いた笑みをうっすらと浮かべている。銃の数もあまりに無勢。距離は縮まる。しかしジリジリと後ずさっていく五人の背中は、程なくして終わりにもたれた。
ついに追い詰めたと、ボスは歓喜を露にする。もうすぐ、もうすぐで完遂するのだ。そしてその歓喜を胸にしまい込み、緩んだ顔を引き締める。
もう後は無い。その事実に五人の気持ちがピンと張り詰めた時…、ゴローが、呟いたのだ。
「堕ちていく・・・流れ星が…堕ちていく」
ゴローのか細い呟きを聞き取れたのは、隣にいたツヨシただ一人だけだった。その言葉に不意に動かされ、ツヨシは銃を構えたまま下へと視線を移す。その時、『何か』が見えた気がしたのだ。
「…解った」
ツヨシもゴローと同じくらい小さな声で呟く。今、見つけた。ツヨシは今、『鍵』を見つけたのだ。そしてその鍵により堅固な扉は開かれ、総てのものがクリアに晴れていく。
「これだったんだ…」
ツヨシは思わず微笑んだ。そして右手の愛器をためらいも無く放り投げる。続けざまに三人も銃を奈落へと放り投げた。もう迷いは無い。意志を同じくしたキ
ムラが、ヒラリと柵に足を乗せる。四人も同じように柵に乗った。ボスは奇怪な表情をこぼしている。能の無い部下の一人は、ニタニタとそれを愚考であるかの
ように嘲笑していた。さぁ早く、降参しろ。お前らの負けなんだから。今にもそう言いたげな表情でバードマンを見上げている。それを見て、シンゴはニコリと
微笑む。
こんな時にも、ゴローはスーツの襟を正した。ナカイはワケが解らないと間抜けなツラを晒す敵に「あばよ」とガムを吐き捨てる。そしてキムラが、おもむろにサングラスを外した。
時が、訪れる。
バードマンが空に舞う。
開いたスーツの裾がひらりと泳ぎ、彼らは奈落へ消えて行く。
翼ある者だけが、翔べる。
翼は翔ぶ意志のある者だけに、与えられる。
ボスは思わず柵へ駆け出した。どうなっている?奈落の底は。そして奴らは…。
覗き込むがそこは地面。奈落などとは程遠い、固いフィールド。次は空を見上げた。
…真っ暗な空に踊るのは、白の羽根。
ふわりと見上げた視線の先にゆっくりと墜ちてきたそれ。その軽やかな舞が、五人の柔らかなささめきに見えたような気がした。羽根の一つに手を伸ばす。それだけに染み付いている生命の色。もう一度、ボスは何もない夜空を見上げた。
翔んだの、だろうか。
ヴィジョンの先へ。
「アラモ・ボーイ」
アラモボーイというナイフは実在します。ですが、「ランドール(M12)よりイイモノ」ではありません。でも「アジアンの魂が込められてる」ってのは本当です。日本のナイフ会社が作ったものなので。
「ジェイとエン」
シンゴ編に出てくる二人の女性、「ジェイとエン」はプロモの「ジュンネネ」のことです。書いてる時、どうも響きというかイメージがアレだったので、二人の頭文字をもらって、ジェイ(J)とエン(N)にしました。今にして思うと、変えなくてもよかったかなーと。 実際のシンゴは、ホントにただ単におネェちゃん達と遊んでるだけなんだよね。しかしいつの間にレズビアンにしちゃったんだろう…(でもあの二人のスタイル、良いよなぁー。たまらん!)。
「小藍」
ここらへんから、話がガンガンよそへ行くようになってます。プロモだけのストーリー展開なら 1 〜 5、6 の前半、11 だけになりますね。「小藍」のモデルは…ズバリ篠原ともえちゃんです。でもうるさくないヤツね(笑)。ネーミングも「先生知らないの?」のしのらの役名、「アイコ」を読み替えただけだったりします。
「センセイ」
センセイのエピソードがやけに長ったらしくて、でも今更削れなくて後悔してるんですが、別に「SMAP のがんばりましょう」内のドラマ、GOING NUTS のゴロちゃんとは関係ありません。(ビジュアルのモデルとしては、ストリートファイターの元…。←元って言われても)。とにかくフツーじゃない爺ちゃんのイメージです。鷲鼻系。水商売のフィリピーナが客の事を「シャチョサーン」と呼ぶような、どこかしらドライで必ず金銭を間に挟んだ関係が、この「センセイ」なのです。
「銃」
このプロモは銃がたくさん出てくるんですが、きっとメンバーのも各人のイメージに合わせて、凝った設定がなされたんじゃないかと思います。けど一切無知なので、それを反映できないのが悔やまれてなりません。ああーどんな銃なのか知りたいっ。
ああ…やっと終わりました…。長かった…。もう二度とやんない(笑)慣れないことはしちゃいけませんです。始めた頃は、まぁ一週間くらいのスパンで終わるだろう、と踏んでたのですが…まさかツアーが始まり、それが終わることになろうとは…(笑)。足掛け半年(注:書き終わったのは99年10月です)ですね。どうやねん。すんまそん。
これのお陰でコンサパンフについてきた BIRDMAN のスペシャルブックには目を通せないし、プロモは食い入るように何度も見たし…でも楽しかったです。これぞ下手の横好き(笑)オリジナルと比較してみるのも一興ですな。(ただアラがたくさん見つかるだけでもある)
余裕があればゴローも掘り下げたかったです。